うどん激戦地・桐生で新規開業の老年パワー「すぎ家うどん」奮戦記

老年パワーで一念発起、うどん修行半年でみごと開店にこぎつける

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若き日の夢実現のため「うどん打ち修業」に励む

上州名物といえば「かかあ天下に空っ風」が通り相場だが、食べ物では「うどん」が郷土料理で、人によっては毎日食べる人もいる。それだけに「うどん屋」が市内だけでも百軒にのぼり、味を競う激戦地である。


中には百年以上の暖簾をほこる老舗もあり、老舗の店では暖簾分けで独立した店も多いから系列外の新規開店はなかなか困難でもある。それだけに外食系のチェーン店も進出してこないほど競争は激しい。


五月末に桐生の太田市に近い南地区で新しく開業したうどん屋さんがある。長年同じ場所で、食料品店と酒店を経営していた杉戸貞夫さん(68歳)で、普通は勤めや事業を引退する年齢である。実は、彼とは小・中学校の同級生で長いおつきあいでもある仲だった。それが、なぜこの年になって一念発起したかというと、それまでの経緯(いきさつ)があった。

「うどんは塩で違う」という気づきから生まれた新メニュー・お奨め「ざくろうどん」

高校を出ると東京へ就職し、有楽町にある老舗レストランで料理人(調理師)として働いていた。その頃現在の奥さんとも結婚し、郷里の桐生へ帰って、食料品・酒店を開業し店を築きあげた。数年前に息子さんが跡を継がないことがハッキリしたのでスッパリ廃業。しかし、遊んで老け込む年ではないと悶々(もんもん)としていた。そのとき、思ったのが若いときに夢見た一国一城の主としての食べ物屋さん。


けれども、洋食のレストランでは体力、資金力的にも大変ということで、ある日埼玉県で立ち寄ったうどん屋さんの繁盛振りを見て「これだっ!」と思った。そこで、店のマスターに事情を話して、暇をみてはうどん修業に通ったという。しかし、当初この計画を打ち明けたとき、奥さんはじめ家族からは猛反対の憂き目にあったそうである。


やがて、自宅で試作段階に入り、うどん粉の選択、水、などいろいろ試みたが、どうしてもイメージ通りのうどんが出来ない。そのとき「ハタ!」と思い当たったのが以前から聞いていた塩の違い。キパワーソルトや「業務用塩田塩」をいろいろブレンドして試作したところイメージ通りのうどんが完成したという。


中でも修行先のマスターから教わった「ざくろのエキス」を混ぜて打つ「ざくろうどん」は、思った以上の出来ばえ。特に女性客から「美容食」として大好評。これを看板メニューにしようと、更に研究を重ねて現在のレシピが出来上がった。コンセプトは基本的に「つけ麺」であるが、これは桐生のうどん屋さんとの差別化のため、ふつうの「かけうどん」「もりうどん」「たぬきうどん」「きつねうどん」「てんぷらうどん」などと意識的に競合をさけた。


<メニュー写真上>・・・白麺×きのこ汁
<メニュー写真中>・・・ざくろうどん×なす汁
<メニュー写真下>・・・白麺×塩すまし汁
メニューは、白麺・ざくろうどん×きのこ汁、なす汁、豚肉汁、麺つゆ、塩すまし汁で各々掛け合せた10種類


「うどんは深化する」と毎日が新しい発見

麺はいろいろ研究の末、昔上州の農家で食べていたような腰の強い太麺タイプにした。うどん打ちは、単純のようだが毎日の天気・湿度、温度、風、晴れ、曇り、雨などによって出来上がりが微妙に違う。今までの仕事がら、食材の目利きには自信があったが、うどん打ちは毎日が新しい発見の連続という。


経費節減のため、厨房はプロの業者に依頼したが、16人席の木製テーブルなどは友人達に冷やかされながら手作りで製作した。店内は椅子席、小上がりの座敷を含め50席。


開業してみると、年配の人たちからは『昔食べたうどんの味』『腰のあるシコシコ感が懐かしい』、若い人からも『今までに食べたことのない味』等々、上々の評判でスタートを切ることが出来た。

うどん激戦地に一石を投じると同時に、老年パワーの「なせば成る」という心意気を示すものとして、大成功を期待するひとりです。店舗は、桐生南高校より国道50号(水戸~前橋線)道下の至近距離にありますから、近くをお通りの節は、ぜひお立ち寄りご賞味下さい。


●すぎ家・うどん
休業日・・・・毎週、日曜日
営業時間・・午前11時~午後3時まで
店舗住所・・群馬県桐生市広沢町3丁目4083-4
駐車場・・・・18台収容
電話・・・・・・0277-53-5400

『すぎ家・うどん』ご案内地図