あなたの家ではおにぎり?orおむすび?
おいしい「おにぎり&おむすび」の作り方レシピを考える

おにぎりとおむすびは、どっちが本当の名称?
ここ60年くらいの間に一番変化があったのは食生活と思いますが、その中で変わらずに日本人の郷愁を誘う食べ物といえば「おにぎり&おむすび」があります。
年代を問わず、他の郷土料理のように地方による格差もなく、平均的に食べられている「おにぎり&おむすび」ですが、どちらの言い方が正しいの?、と言うことになると、意見が別れるところです。汎用される言葉としては、「おにぎり」が圧倒的ですね。
デパ地下やスーパー、お弁当屋さん、コンビニなどでは、ほとんど「おにぎり」という表示です。確かに名称の古さからいったら「弥生時代の遺跡」お米を握ったあとの炭化した遺跡がチャノバタケ遺蹟(石川県)から出土していますので、日本人にとっては古い食べ物のひとつです。また、平安時代にはすでに兵士の食料とてして便利に利用されていたそうですから、日本ならではの発明品ですね。
現在の「おにぎり」は、ご飯を三角形、俵形、球状などに握り作った食べ物と一般的に言われていますが、イメージ的には三角形で、お弁当屋さん、コンビニなどで売られているものを想像します。特に江戸前お寿司の「にぎり」のように強く力で握り固めたイメージです。
それに引き換え「おむすび」は、室町時代、宮中の御所言葉の中から生まれたものといわれ、言葉のひびきに柔らかいもがあります。現代では家庭でお母さんが作るイメージとしては「おむすび」のほうがふさわしい感じがしますね。お母さんが家族やお子さんのために作る「おむすび」は、両手で丸く握るイメージです。
商用の機械で作る「おにぎり」と違い、ひとつひとつ丁寧に柔らかく握るのですが、人間の手のひらには「労宮」(ろうきゅう)という経穴(ツボ)があり、それぞれ陰陽の生命エネルギーが出ています。通常「気」といわれるものですが、それが右の手と左の手で結ばれることにより「おむすび」の中に入っていくのです。それだけでも「おむすび」の味わいが違うと言われています。
それゆえ、家庭で作る場合は、「おむすび」と言いたいですね。これは、小さなお子さんや動物で実験すると、その違いについては、非常に興味深い結果が出ます。
おにぎりとおむすびは、シンプルなほど美味しい
おにぎり&おむすび、いずれにせよ食材は「お米、水、塩」だけですからこれほどシンプルな材料の代わりに、それぞれの材料の良否が味を決定づけます。お米のデンプンの甘味と、塩っぱさプラスミネラルの旨味が加わり、水はご飯の硬軟やねばり具合を左右します。
美味しいご飯を炊く秘訣は、水道水、浄水器を通した水、ミネラルウォーターなど、お米も銘柄米や普通のお米、ブランド米、有機栽培などどんなときも「ひとつまみのキパワーソルト」を入れて炊いて下さい。味が一変します。
小さなお子さんほど、塩の旨味を見分けます。キパワーソルトで結んだ「おむすび」は、「もうひとつ、頂戴っ」「また作って頂戴ッ」とリクエストの一番多い「おむすび」です。
郷愁をさそう醤油付け焼きおにぎりと味噌おむすび
現在のように食べ物が豊富で、おにぎり&おむすびの「具」が数多く選べる時代と違って、中高年や団塊の世代が幼少時にに家庭で作っていたのは「醤油付け焼きおにぎりと味噌おむすび」でしたね。
たいていは、前日の余りご飯をおやつに「焼きおむすび」にしてくれたものですが、お醤油を付けながら焼いて行くときの香ばしい臭いは、今でも少年時代を思い出す香りです。お醤油のアミノ酸が焦げて分解しながら香ばしさを釀し出すわけですが、焼き餅のときの香りも、うなぎ屋さんの香ばしい臭いも、焼鳥屋さんの香りも、匂いの原因は使われているお醤油のアミノ酸が焦げて香る事によるものです。
焼く時間がないときは、味噌をそのまま「おむすび」に塗って食べましたが、味噌とご飯の味が何ともいえない調和で、二三個は直ぐに食べてしまったものです。もちろん、焼く時間があれば、味噌付け「おむすび」の焼いたのも、香りといい、味といい言葉に言い表せません。
特にこれらのおにぎり&おむすびは、関東や東日本では普通に食べられていたようです。但し、お味噌は、東北地方、信越地方、北陸、関東によってその地方独特のお味噌が「おふくろの味」となっています。
江戸前のちょっと粹なおにぎりレシピ

現在ほど「おにぎり」がデパ地下やスーパー、お弁当屋さん、コンビニなどで商品化されている時代は、今までにない現象です。何しろコンビニでは「おにぎり」が売上の主力になっているほどです。しかし、中には「これがおにぎり?」と奇をてらって首をかしげるような「おにぎり」も売られています。また、地方によって独特の具が使われて、特色のある「おにぎり」も売られているのは当然ですね。
21世紀に入って「江戸時代や文化」が見直されているようです。江戸時代は、高齢化社会、人口減少、経済停滞など今の日本社会と共通した時代でもありました。特に江戸(東京)は、巨大な消費都市でしたからある意味徹底したリサイクル都市でもありました。
江戸では今日の「外食産業」や「宅配・ケータリング・移動販売」の原型がありました。それが「振り売り」「行商」「屋台」「一膳めし屋」「すし屋」「そば屋」「料理店」などです。「おにぎり」なども江戸前の握り寿司同様、即席的な一品料理として家庭で作られたり、ケータリングで売られたりしていたようです。
北海道から東日本では「しゃけ」は、「塩鮭」として保存食で食べられていました。まだ給食のない時代、小学校のお弁当は、毎日「梅干しと焼いた塩鮭」などという思い出をもつ方もいらっしゃると思います。「おむすび」の具材として、梅干し、しゃけなどはポピュラーな材料です。しかし、こだわり出すと一番いろいろな加工方法や素材があってこれだけに蘊蓄を傾ける方やお店もあるようです。
当時の東京湾は、漁業の宝庫であり、豊かな海が広がっていました。寿司の材料にしても、天ぷらの素材にしても、食材などは、江戸前の海でとれる海草(浅草海苔など)、小魚などを利用して江戸前といわれる独特の食文化を作り上げました。
江戸を代表する「おにぎり」レシピの具材といえば、粋な味を誇る「佃煮」でしょう。「佃煮」は、いまでこそ全国各地の産品を材料に各地方独特の「佃煮」が作られていますが、その発祥地は東京・佃島です。江戸幕府を開いた徳川家康が、大阪佃村の漁民を江戸・佃島に移転させ、種々の特権を与えた中から造り出したのが、東京湾の恵みを利用して作り出した「佃煮」といわれています。一種の保存食で、リサイクル都市の食べ物として、また江戸人好みの粹な食べ物として普及しました。
小エビ、シラス、白魚、アナゴ、アサリ、ハマグリなどは「佃煮」の材料としてぴったりでした。また鰹の季節になると角煮として保存食で食されました。「山椒シラス」などは、ちょっと関西風の味ですが今では関東でも好んで食べられる「佃煮」のひとつです。
過日、東京都が実施した「江戸文化歴史検定」には、全国から1万人以上の受検者があったそうです。その主旨は「江戸時代は、人びとが伸びやかに生きた時代で、日本人のアイデンティティーが凝縮されている時代です。しかも現代の深刻なテーマである環境にも優しいエコロジー社会でした。さらに正月、ひな祭りといった行事が確立し、日本文化が大きく花開いた時代でもあります。江戸を知ることは、現代人にとって有意義なことであり、そこには現代に生かせるヒントもいっぱいあります。そのような江戸を知るきっかけとして、またより深く知るために「江戸文化歴史検定」がスタートします」という事でした。全国で多くの人々が関心をもったのは何か大きな魅力を感じた事だと思います。改めて当時の食文化も見直してみたいものと思います。