『人間の覚悟』
『門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし』と詠んだ一休禅師だが、門松のとれぬうちに読む何冊かの本のうちの一冊が本書だった。最近の著者は小説より人生論的エッセイが多いのだが「覚悟」の内容はどんな事なのだろうかという事に興味を抱いた。
著者は、終戦を中学一年生のとき現在の北朝鮮・平壌で迎えた。当時の日本人は最後まで日本が勝つと信じていた。「治安は維持される。日本人市民はそのまま現地にとどまるように」というラジオを信じているうちに、日ソ不可侵条約を一方的に破棄して、火事場泥棒みたいに進駐してきたソ連軍は、略奪、強奪、殺戮の限りを尽くして日本の居留民を蹂躙した。母親もその犠牲者の一人だったという。
どんな人にも国を愛し、故郷を懐かしむ気持ちはある。けれど、国を愛することと、国家を信用することは別物。「国に頼らない」という覚悟を決める、という序文からこの著者は「覚悟」について説き始める。
著者は人間の一生を登山にみたて、登山は登るだけでなく下山を含めて登山が完成するのだから、下山の哲学をしっかり持たねばならない。人生の後半は男女・夫婦にしても家庭をもつということの意味は半ばそこにあるという。
健康についても同じこと、マスコミ等で健康について関心の高さがうかがえるが、たとえば体に良い食品とか、サプリメントとか、玄米とか、これひとつで体によいなどいう事は決してない。人は一人一人皆違うし、「複雑系」なのだから、医療にしても西洋医学だけで病気が治るわけではない。100%の安心・安全が何かによって保障されることなどあり得ないと覚悟すべき・・・等々、人生のいろいろな場面での「覚悟」のつけ方、日本的にいえば「腹のくくり方」が述べられています。
いつの時代でもそうだが、特にこれからは百年に一度といわれる大恐慌の時代が幕開けしたばかりですから、思いがけない現象がハイスピードで世の中が移り変わって行くと考えられます。陰陽論でいえば「移り変わり」は当然のことですが、人間は「未知との遭遇」したとき、うろたえる人がほとんどです。そうならない為にも、「備えあれば憂いなし」いろいろな覚悟は普段から腹に納めておいたほうがよいと思います。そこで、どう対処したらよいかという点で迷ったときに一読する本としてお薦めいたします。
★著者・五木寛之
昭和7年福岡県生まれ、早稲田大学中退後、編集者、ルポライターを経て
『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞。『青春の門 筑豊編』で吉川英治文学賞。
主な著書に『風に吹かれて』『朱鷺の墓』『戒厳令の夜』『大河の一滴』ほか。
★定価、 680円(+税) 発行・新潮社
