東洋医学(鍼灸・気功・食養・漢方薬)臨床経験30年の筆者の体験をもとに、毎日を健康に暮らすための、お役立ち情報をお伝えいたします。

医食同源お薦めの本-40 きものという農業

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人が暮らすのに最低必要なものを「衣食住」と小学校で習った。考えてみると、「衣食住」すべてを底辺で支えているのが農業であると気がつく。食は当然のことながら、日本では住に必要な木材もすべて農林業が基盤となって供給されてきていたわけです。但し、近年は食品以上に輸入材が国産材を圧倒している。

衣類というより「きもの」に使われる繊維は、絹、麻、和棉とあるが、私が育ち住んでいる群馬県は、かつて全国有数の養蚕県であった。小さいころ知り合いの養蚕農家へ遊びに行くと、別棟の全部が養蚕場だったり、母屋の二階が全部「お蚕場」になったりしていた。夕方、農家の人が刈ってきた桑の葉を与えると、何万か数知れぬ「おかいこさん」が、一斉に「シャーッ、シャーーッ」という音を立てて食むのが今も耳の底に残っています。

この『きものという農業』著者、中谷比佐子さんは、きものを切り口に日本の文化、日本人の考え方の基本を学び、伝承を進めている<きものジャーナリスト>。農水省蚕糸業振興審議会委員を務めたこともある。着るだけでなく糸をつくる視点からも日本の着物文化を見つめている。

戦後の日本は、GHQ(連合国総司令部)によって社会の仕組みばかりでなく、文化の面でも民主化・改革と称して日本的なるものの破壊を仕掛けられて行った。その最たるものが、パン食の普及による食事の欧米化であったが、日本の食生活の中から米飯食(ごはん)を失くすには至っていない。しかし、住まいの洋風化に従って、普段の着るものが昭和30年代以後、どんどん洋服化して、40年代後半になると「きもの」は産業として成り立たなくなり、産地はどんどん消えて行った。その経過は、20代の若いころ私自身「織物業」に従事していたから、身に沁みてはっきり記憶している。


この著書では、「きもの」に連なる原点は農業にあるとの視点から、絶滅したと見える養蚕(絹糸づくり)や、麻の栽培ときもの作り、今や100%輸入に頼り自給率0%の綿繊維では、若い人によって伝承の「和棉」が栽培されていることを伝えている。


60年前、小学生のころ、群馬県では「上毛かるた」が創られ今でも詠まれているという。その中に『日本で最初の富岡製糸』『繭と生糸は日本一』とあるように、明治時代官営製糸所がつくられた富岡市では「世界遺産登録」の運動が起きて国内申請は認められたと大いに盛り上がっているようである。しかし、世界遺産に認められたとしても、それは過去の業績のことであり、これから問題提起には余り役だたない。

むしろ、同じ「上毛かるた」の中にある『老農、船津伝次平』という何気ない一句の中にヒントがある。船津伝次平は、赤城山山麓の原の郷で代々名主を務める家に生まれた。現在の東京大学農学部の前身である駒場農学校創立者のひとりである。彼は桑の木が恐ろしいほどパワーをもっていることを理解したひとりであった。「蚕が桑の葉を食らい、あれだけ大きくなっていくのは、桑の葉におそろしい力があるからに他ならない」と感じた。蚕に与えたあとの桑の木をそのまま畑に突きたて、桑を育てる方法を考え、その普及に全身全霊を打ち込んだ。

事実、桑の木はこれからの地球環境問題を考えるときなくてはならない価値をもっている。桑の木は強いので、都会のマンションの屋上でも育つ。空気を浄化(二酸化炭素浄化)するので緑化政策にはもってこいの樹木である。さらに樹皮は紙の原料になる。(漢方では桑白皮といってクスリになる)大きくなった樹木は不足している工芸品の原料となり、桑の実は人や鳥が食べられる。そして、桑の葉は、昔から薬草茶として糖尿病などに効くことが農家の人は知っている。

麻、和棉とも農薬を使わないで栽培できる。但し、インド、中国の棉は農薬を大量に使うのでオーガニック栽培のものは少ない。桑の木も、基本的に農薬を使わないで栽培できるので、環境コストを低下させ、環境浄化につながる。桑の木を食べて育つ「お蚕」も絹糸に引くだけでなく、近年では化粧品の原料や、アミノ酸の組成が皮膚に近いので医薬品の原料としても実用化が始まっている。

農業という視点だけでなくエコロジー的な観点から見直したら、桑の木はすごいパワーをもっていると思います。皇室では、天皇様が毎年お手植えのイネで、刈り取りまでの行事。新米を神に捧げ頂くまでの行事が万世にわたって守られています。皇后様は、毎年何種類もの養蚕の飼育の行事を守り伝えて行くことがしきたりとなっています。その事によって小石丸(こいしばる)という日本純種の蚕が絶滅を免れ、守られていることは本書によって知った。

英国のエリザベス二世女王が1953年(昭和28年)戴冠式をしたとき着用したドレスは、世界中から選りすぐられた絹織物のうち、四国愛媛県野村町の繭から取った絹糸で織られた布であったと本書にある。日本では省みられなくなった糸や織物の価値を認めたのが外国人であることは皮肉なことではある。

近年、若い女性で夏に浴衣を着る人が増えたという。喜ばしいことではあるが、単にお祭り着としてだけでなく、その背景にある「きもの文化」にまで関心をもって頂けるよすがとして本書は若い人にも読みやすい「きもの入門書」と思う。また、「きもの」について関心のある方は必読の一書と思います。

★『きものという農業』---大地からきものを作るひとたち---

★著者・中谷比佐子(きものジャーナリスト)

★定価、 1,500円(+税) 発行・三五館

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