食の匠たち-10 風・光・空気・水までも味方につけて創る料理人・渡部綱善さん

赤城山東面から沼田・片品村へ続く根利街道は、東京から尾瀬・奥日光方面への抜け道である。国道122号から別れて登ると、40年前に通ったころは、雨のぬかるみで出来た轍(わだち)にタイヤがとられ、難儀した路でもあった。運転に不慣れな都会のドライバーが谷底へ転落する事故がしばしば起こるような悪路でもあった。しかし、近年は、鋪装も完備し、トンネルも抜けて快適な観光道路となっている。最近合併して、黒保根村から桐生市黒保根町となったが、山の中の環境は全く変わらない。
そんな場所柄だから、最初「ろぐてい」を訪れたときは、こんな辺鄙な場所で商売になるのかしら、と思った。ところが渡部さんの料理を食べてみて、なるほどここはこの場所の全部が料理の味を創っていると感じた。だから、お客さんが何回も訪れるのは、環境と料理によって癒されると感じるのかも知れない。
春は、目にもまぶしい新緑が風となってエネルギーを運んでくる。夏は、山間から渓谷に向かって吹きわたる風はさわやかである。秋は周囲の景色全部が紅葉で色あざやかに染められる。冬は、寒さはきついが積雪はそれほど多くない。この場所に縁もゆかりもなかった渡部さんが、住み着いたのは12年前、きっかけは趣味の渓流釣りで、何年もかよっているうちに、自然にここを選んでいたという。
福島出身の渡部さんが就職で上京し、最初に就いたのが「森永」のレストラン部・調理場の配属だった。そこで料理を覚え、喫茶部へまわされたが、その時にケーキの作り方、パンの焼き方も身につけた。しかし、若さ故かトラバーユして就いた仕事が「半導体の設計」という最先端の仕事。26歳から17年間、43歳まで従事していたが、余りに自然とかけ離れた生活に虚しさを感じて、何かをやらなきゃと思って、夫妻で日本中を食べ歩きながら料理の研究を始めた。
今の食材供給元は、その時の縁でつながった産直の供給先が多いという。自分の好きなコンセプトで組み立てアレンジした料理だから、本当のイタリア料理とは言えないと謙遜して言いながらも、食材を選ぶ目利きであることが食べてみると分る。
イタリア料理のメインの食材である海鮮類は、佐渡の知人から直送される。なかでもそこで採れるイカは厳選したものを送ってくる。奥さんの出身地である九州からもメンタイやシラスは産直で送られる。
野菜については、地元といろいろな農家とご縁が出来て有機野菜のみ直接仕入れが可能である。もともとキノコ栽培な盛んな当地では、年間いろいろなキノコ類が豊富なので「畠シメジ」等も栽培され、イタリア料理には最適という。だから、海鮮類でもこんな山の中で活きのよい珍しい魚介類が出てくるのに驚くことがある。
奥さんの律子さんは、素材の関係で事前予約のみ「懐石風和食」を供してくれる。趣味で集めた器もまた目の保養になる。「私のは食べ歩きで覚えた和食の延長」というが、これだけ料理を作るのは、ご主人より料理の才があるのではと、かんぐるほどである。塩の研究では熱心さにおいて右に出る人はいない。いろいろな料理人に塩の使い方をお願いしたが、打てば響くような答えが返ってくるのは彼女が一番早い。そして、素早く自家薬籠中のものにしてしまう。
お二人のイタリア料理におけるこだわりの一つに、素材に加えて見い出したギリシャ産のオリーブオイルがある。いろいろ試した中で選んだものでアルティス(Altis)という銘柄。あるルートで現地調達するという。「ろぐてい」のウリの一つに料理もさることながら、自慢のコーヒーがある。コーヒーを淹れる水は、友人宅の敷地内に300年間こんこんとわき出る赤城山の伏流水。取りにいったり、届けてくれたり、この水は料理にも欠かせない。
都会から移り住んで12年経ち、すっかり地元にも溶け込み、遠来のお客様がわざわざ訪ねて食べに来てくださるのが大変嬉しいという。国道122号を真っ直ぐ行けば、日光清滝に出る近道だが、10分ほど脇に入って「ろぐてい」へ立ち寄っても、そのまま、根利街道から、尾瀬・奥日光へ、ロマンチック街道につながっている。風・光・空気・水までも味方について美味しい料理を作る渡部さんの「ろぐてい」は、癒しのレストランといえる。