お薦めの本-12『坐のはなし』

最近、「和」の文化が見直される機運がありますが、その顕著なものに「和食」の文化があります。欧米で和食が健康食として見直され、 ようやく日本でもそれに気がつき出しました。まだ、復権の端緒にしか過ぎませんが、食の次には住まいの中の姿勢の問題ではないでしょうか。
この本をお書きになったのは、昭和大学名誉教授・昭和大学藤が岡リハビリテーション病院長・森義明先生です。
本の冒頭に「京都のお寺で、坊さんの説教を聞いていると、その中の外国人の若い女性は背筋を伸ばして『正坐』をしていた。 その隣でジーパンを履いた日本の若い女性が足を投げ出して聞いていた・・・」とあります。『正坐』は、外国では「日本人の坐り」 (SEIZA・ Japanesesitting)と言われるように、日本人独特の坐り方と言われてますが、 日本人が正坐を出来ずに外国人が正坐をしていて、それかサマになっており、よく似合うのを見ると何か奇異な感じさえ受けると、 云っておられます。
森先生の専門は、整形外科とリハビリテーション、長年、リハビリ専門医としての経験から、 日本の伝統的坐りの文化の再評価へ進まれたと言います。つまり、日本の畳みによる生活様式では、立ったり、 坐ったりすることによって知らず知らずリハビリを行っていることになる。腰への負担も正坐はは椅子よりもはるかに少ない。 坐ることにより適度な刺激が脳細胞に伝わる。自然に腹式呼吸が行われ、動脈中の二酸化炭素が減少し、副交感神経機能が増進する。 武道をはじめ、茶道、華道、書道などで正坐が必須であったのは根拠があったということです。
今の日本の子供たちにとって坐る文化は、完全に死んだといって過言ではないでしょう。このまま、あと2、 30年もすると日本では坐の文化を失ってしまう危惧さえ感じます。なぜなら今の住宅の中にはタタミの部屋の存在が全くなくなり、 あってもわずかで、ほとんど西洋化しているからです。
日本では江戸時代まで、上から下まで、あらゆる階級、職業の人が、分け隔てなくすべて床に坐り、床にふとん敷いて寝ていました。 西洋では、古代から王侯貴族は高型椅子と高型寝台で、奉仕する奴隷は床に坐り、床に寝る。この発想は、基本的に現代でも変わりません。
江戸時代、日本の教育は世界最高水準にありました。子供たちは、三つ、四つになると寺子屋、民間の無数にある塾にかよって、 読み書きソロバンを習います。畳の部屋に低型机、そこで、まずきちんと正坐するように躾けられるのです。正坐するとは東洋医学的には、 「丹田」を煉ることにほかなりません。子供、幼児のころから、日常生活の中で丹田を煉る非常に高度な修業を実践していたわけです。 日本人は古来より、坐ることによって足腰が強靱になりました。近頃、お年寄りばかりでなく、若い人でも膝が痛い、 腰が痛いと訴えて来診する人の多いのは、こんなところにも原因があるのではと思えるのです。
森先生は、かつて整形外科学会・「膝障害」のシンポジウムで、正坐が膝障害治療に有効である、との説を述べたとき 「正坐が良いとの研究論文はない、外国にもない」と否定的反論がなされたとき、思わず「ここは、日本である!」と啖呵を切ったそうです。 そして、その時から「坐」の問題に取り組んで来たとあります。
坐るという行為と姿勢が、こんなに種類が多く、奥深いものであるとは思いもよりませんでした。坐り方ひとつが、普段の暮らしや、 宗教的な関わりにも、また精神文化にも深い意味があることを知らされます。まさに、 日本の誇るべき文化復権の一石になればと思い必読書としてお薦めです。
発行・相模書房・定価(1,500円+税)