『日本は世界5位の農業大国』 【 お勧めの本 】
本の表題を見て『本当かな?』と思う人が少なからずいるのではないかと思います。今で私たちの頭の中に刷り込まれてきたのは「日本は先進国中最低の食料自給率」というキャッチフレーズが長年農水省をはじめとしたマスコミの情報によってもたらされて来ました。
私事ではありますが、時々デパ゚地下やスーパーへ買い物に行くと、確かに以前より輸入食品もいろいろ販売されていますが、国産比率39~41パーセントという数字はどうも実態とかけ離れている印象があります。本書の執筆意図「大嘘だらけの食料自給率」ということの内容については「自給率が示す数字と一般的な感覚がかけ離れているのは、農水省が意図的に自給率を低く見せて、国民に食に対する危機感を抱かせようとしているからである」という。
なぜかというと・・・。「窮乏する農家、飢える国民のイメージを演出し続ければならないほど、農水省の仕事がなくなっているからだ。・・・いかにして農水省や天下り先の利益を確保するかという保身的な省益だけの考え方で農業政策を取り仕切っているからである。農水省幹部の頭には、国民の食を守るという使命感などまるでない」という趣旨にもとづいて細かく分析、さまざまな矛盾を暴いている。
農業という国の基幹産業の実態を知るための統計、なかんずく食料自給率をはかるモノサシが「カロリーベース」を用いているのは、世界でも日本だけという。普通はいくつかの統計(モノサシ)を組み合わせて、状況や実態を知るのが常識である。体を病気でないかどうかを診断するモノサシ(検査法)が何種類もあるのも常識である。普通、公式な自給率は「生産額ベース」が世界でも一般的な指標だという。ところが日本の農水省は、採用もせず、他国のデータも集めていないという。
それにしても国民や農家は長い間「カロリーベース」というモノサシで、食料自給率は先進国中最低という魔法にかけられて来たわけだが、農水省はなぜそれを基準に日本の農政をすすめてきたのであろうか。それは、すべて農水省の省益のためであり、日本の農業の実態を表したものではないという。本書は、各種のデータをもとに日本農業の実力と、将来性や、今までの国民や農家だまし数々のテクニックを詳細に示している。今までの何となくもやもやしたものが、霧が晴れるようにすっきりして来た感じはあるが、もっと他のジャーナリストや研究者のさまざまな角度から見た発表が待たれる。
農業専門のジャーナリストとして深く観察・研究してきた著者でなければ、この分野での豊富な内容は書けなかったであろうと感じる。一般人の教養書としても、これから農業に参入したり、勉強しようと思う方にとっても「目からウロコ」の項目が多く、参照・参考に値する一書である。
●『日本は世界5位の農業大国』
★著者・浅川 芳裕
1974年山口県生まれ。エジプト・カイロ大学文学部東洋言語学科セム語専科中退。ソニーガルフ(ドバイ)を経て農業技術通信社入社。若者向け農業誌「Agrizm」発行人。ジャガイモ専門誌「ポテカル」編集長。月間「農業経営者」副編集長。
★定価 838円(+税) 発行・講談社+アルファ新書
『動物の食からみる現在の食生活へのヒント』 【 お勧めの本 】
著者の中川さんは、長年上野動物園や多摩動物園の園長を努めた。動物たちとの関わり合いから観察したことを、深い洞察力と動物に対する愛情から、人間の食生活への感慨を一冊の著書にまとめた。
私たち一般人が動物園に行っても滞在時間は短く、動物たちの普段の生活時間でほんの一部を切り取ってかいま見るにしか過ぎない。しかし、動物とて生活の基本は、食物を食べることと、子孫を増やすことで生命を全うして行くことであることは言をまたない。
人間は、食べ物を好き勝手に選んで、しかも現在の日本は地球の裏側からでも食料を輸入して食べることが可能である。しかし、可能であるからといって、何でも欲望のままに食べることは何か違う気がする。人間の食性は、雑食性といわれながら歯形からいうと草食動物と同じである。肉や魚肉を食べる犬歯は、28本中の4本、つまり全食べ物中の7分の1で十分といえる。
動物たちは、昆虫からゴリラまで、進化の歴史がつながり、その食性には自然の法則があり、動物たちは自然法則の範囲内でしか食べていない。それゆえ、動物園という人為的な環境の中で、より野生に近い食べ物を与え、野生の暮らしの習慣・環境も出来るだけ自然に近く配慮することで健康が保たれるのは、人間も同じであると、この著書では示している。
「母乳」で育まれる子供とのコミュニケーション、「お袋の味」が代々受け継がれ、有害物質から子供を守る姿、動物の親が子供に教える「食育」、「ゴリラの退屈病」など現代社会と共通する現象、動物における家族のきずな、動物社会とのつながり(人間関係でなく、動物関係?)、体調が悪いときや、病気のときの自己治療(セルフメディケーション)など、人間が教えられることが非常に多いという。
人間とて、生態系のサークルの中の一生物でしかない。他の動・植物との生態系のバランスが崩れたら滅亡の道をたどることは間違いない。共存のバランスを人間の強欲がくずすことのないように、環境と共存の問題を最後に提起している。普段知ることのない動物たちの珍しい生態がよく分かり、家族で一読をおすすめ出来る一冊である。
●『動物の食からみる現在の食生活へのヒント』
★著者・中川志郎
1930年茨城県生まれ。宇都宮農林学校・獣医科卒業。上野動物園、多摩動物園など通算37年の動物園勤務。1994年、茨城県立自然博物館長に就任、21世紀に向けた新しいタイプの博物館として、宇宙、地球、自然、生命、環境問題を訪れる人たちの為に展示、尽力。その他、環境庁中央環境審議会委員、国立科学博物館評議員、WWFジャパン理事等多方面で活躍。
★定価、 1,238円(+税) 発行・芽ばえ社
江戸の味を守り続ける 佃煮の老舗 日本橋 鮒佐 宮内隆平さん 【 食の匠たち 】
東京でも日本橋界隈は江戸時代から続く老舗が多い街である。日本橋室町にある三越日本橋本店の向かい側の路を4~50m先行ったところに佃煮の老舗「鮒佐」さんがある。文久二年だから幕末の頃の創業で、初代は「鮒屋佐吉」といった。現在の当主は四代目の宮内隆平さん。(写真・左上)
我が家ではここ数十年来、朝の食卓に「鮒佐」の佃煮を欠かしたことがない。私が仕事で東京へ行く機会が多くなり、母親から買ってくるように頼まれて立ち寄ったのがキッカケといえる。現在102歳(健在)になる母親が若いとき、東京の本郷に住んでいて、その頃から贔屓にしていたというから、通算すれば 70年くらいの母子二代にわたるお付き合いである。
そのような関係で四代目に色々お話を聞きご登場頂くことになった。
初代は房州出身で、江戸の神田お玉が池にある「北辰一刀流・千葉道場」で免許皆伝の腕前だったそうである。ところが時代は幕末で、もはや武士が巾を利かす時代でない事を見通したのか、千住界隈で作られていた「鮒のすずめ焼」を自ら製造販売を始めて転身、食通の間に評判となった。当時この辺は、日本橋の魚河岸もあり、江戸でも殷賑をきわめた場所である。
俳人・松尾芭蕉が江戸へ出てきて、魚河岸に住んでいたことは資料に明らかで、鮒佐さんの店の入り口には、ゆかりの石碑が立っている。「発句(ほっく)なり 松尾桃青 宿の春」という句であるが桃青(とうせい)は、芭蕉の前の俳号。建立までの資料、発掘、検証は四代目・宮内さんの尽力によるものである。(写真・右下、左の石碑)
当初は佃煮といっても江戸前で獲れた材料が主で、種類も少なかったが、白魚の佃煮などは食通の高級な食べ物であり、落語の中で、泥棒が侵入した家の食卓に「鮒佐の白魚」が載っているのを見て、貧富の判断材料としたいう。落語(はなし)の中に老舗の商品を取り入れて、CMにしてしまうのは、現代の手法を先取りしたものといえる。
三代目(先代)は、日本橋の小学校で久保田万太郎(作家)と同級生であった。万太郎は、新派の名作「婦系図」(おんな系図)の脚本に、鮒佐の佃煮を手土産に訪問する場面を設定、友情PRという粹な計らいに及んだという。それで、主演の花柳章太郎も自筆の絵に「鮒佐煮や時雨る味の東京を」という賛を添えて描き贈っている(写真・右上)。それゆえ、戦前から鮒佐の佃煮を贔屓にする有名人は多い。
佃煮も名称の起こりは、徳川家康が三河から連れて来た漁師が佃島に住み、小魚を塩煮にしたのが始まりとされている。しかし、現在の佃煮は、醤油がなければ成り立たず、江戸後期の関東における醸造業の勃興をまたなければならない。だから、現在の形の佃煮は意外と新しいもので、初代が今の佃煮を考案したのは、ほぼ間違いないという。「元祖佃煮」を名乗るゆえんでもある。
佃煮の材料も戦前、戦後、時代により変化している。江戸前の白魚など、とれなくなってしまったが、お客様の嗜好の変化も察知して、新しい素材も揃え、昔ながらの海老、はぜ、しらす、はまぐりの他、現在は、三十数種類にものぼり、他に煮豆類、甘露煮まで取り揃えている。
老舗と言っても、各店中身を見ると意外に革新的な意識を持っている。材料も出尽くしたようで、探せば結構よい素材があるという。また、煮方、味の付け方も代々工夫して、昔からの方法に加え、五代目(ご子息)が工場の陣頭指揮をとっている。細かいノウハウの蓄積は膨大なものになるという。ただ、以前と違って神経を使うのは、素材の調達。産地の変遷や変化に対応して、時には外国産のものにも目配りするが、品質に対する基準を落とすことはない。
佃煮というと「古い食べ物」というイメージを払拭するため、若い人向け食べ方の提案も、五代目(ご子息)を中心にいろいろ試行している。また、既存の流通以外に時代でインターネットも力を注いでいるが、日本橋・老舗同士のコラボレーション(名だたる老舗合作のお節料理「七福」)も新しい試みとして始まっているという。
お節料理に、鮒佐の「鮒のすずめ焼」「海老のおにがら焼」「わかさぎのいかだ焼」は、欠かせない。この日本の食文化の一角を形成する「佃煮」が、もっと見直され、再評価されてしかるべきと思う。これを機会に一人でも多くの人が知る端緒となればと思いご紹介した次第であります。
風・光・空気・水までも味方につけて創る料理人・渡部綱善さん 【 食の匠たち 】
赤城山東面から沼田・片品村へ続く根利街道は、東京から尾瀬・奥日光方面への抜け道である。国道122号から別れて登ると、40年前に通ったころは、雨のぬかるみで出来た轍(わだち)にタイヤがとられ、難儀した路でもあった。運転に不慣れな都会のドライバーが谷底へ転落する事故がしばしば起こるような悪路でもあった。しかし、近年は、鋪装も完備し、トンネルも抜けて快適な観光道路となっている。最近合併して、黒保根村から桐生市黒保根町となったが、山の中の環境は全く変わらない。
そんな場所柄だから、最初「ろぐてい」を訪れたときは、こんな辺鄙な場所で商売になるのかしら、と思った。ところが渡部さんの料理を食べてみて、なるほどここはこの場所の全部が料理の味を創っていると感じた。だから、お客さんが何回も訪れるのは、環境と料理によって癒されると感じるのかも知れない。
春は、目にもまぶしい新緑が風となってエネルギーを運んでくる。夏は、山間から渓谷に向かって吹きわたる風はさわやかである。秋は周囲の景色全部が紅葉で色あざやかに染められる。冬は、寒さはきついが積雪はそれほど多くない。この場所に縁もゆかりもなかった渡部さんが、住み着いたのは12年前、きっかけは趣味の渓流釣りで、何年もかよっているうちに、自然にここを選んでいたという。
福島出身の渡部さんが就職で上京し、最初に就いたのが「森永」のレストラン部・調理場の配属だった。そこで料理を覚え、喫茶部へまわされたが、その時にケーキの作り方、パンの焼き方も身につけた。しかし、若さ故かトラバーユして就いた仕事が「半導体の設計」という最先端の仕事。26歳から17年間、43歳まで従事していたが、余りに自然とかけ離れた生活に虚しさを感じて、何かをやらなきゃと思って、夫妻で日本中を食べ歩きながら料理の研究を始めた。
今の食材供給元は、その時の縁でつながった産直の供給先が多いという。自分の好きなコンセプトで組み立てアレンジした料理だから、本当のイタリア料理とは言えないと謙遜して言いながらも、食材を選ぶ目利きであることが食べてみると分る。
イタリア料理のメインの食材である海鮮類は、佐渡の知人から直送される。なかでもそこで採れるイカは厳選したものを送ってくる。奥さんの出身地である九州からもメンタイやシラスは産直で送られる。
野菜については、地元といろいろな農家とご縁が出来て有機野菜のみ直接仕入れが可能である。もともとキノコ栽培な盛んな当地では、年間いろいろなキノコ類が豊富なので「畠シメジ」等も栽培され、イタリア料理には最適という。だから、海鮮類でもこんな山の中で活きのよい珍しい魚介類が出てくるのに驚くことがある。
奥さんの律子さんは、素材の関係で事前予約のみ「懐石風和食」を供してくれる。趣味で集めた器もまた目の保養になる。「私のは食べ歩きで覚えた和食の延長」というが、これだけ料理を作るのは、ご主人より料理の才があるのではと、かんぐるほどである。塩の研究では熱心さにおいて右に出る人はいない。いろいろな料理人に塩の使い方をお願いしたが、打てば響くような答えが返ってくるのは彼女が一番早い。そして、素早く自家薬籠中のものにしてしまう。
お二人のイタリア料理におけるこだわりの一つに、素材に加えて見い出したギリシャ産のオリーブオイルがある。いろいろ試した中で選んだものでアルティス(Altis)という銘柄。あるルートで現地調達するという。「ろぐてい」のウリの一つに料理もさることながら、自慢のコーヒーがある。コーヒーを淹れる水は、友人宅の敷地内に300年間こんこんとわき出る赤城山の伏流水。取りにいったり、届けてくれたり、この水は料理にも欠かせない。
都会から移り住んで12年経ち、すっかり地元にも溶け込み、遠来のお客様がわざわざ訪ねて食べに来てくださるのが大変嬉しいという。国道122号を真っ直ぐ行けば、日光清滝に出る近道だが、10分ほど脇に入って「ろぐてい」へ立ち寄っても、そのまま、根利街道から、尾瀬・奥日光へ、ロマンチック街道につながっている。風・光・空気・水までも味方について美味しい料理を作る渡部さんの「ろぐてい」は、癒しのレストランといえる。
洗練された味が感動を呼ぶ フレンチシェフ鈴木道朗さん 【 食の匠たち 】
親子二代、思えば長いおつきあいである。私が最初に店を訪れたのは、食事に行ったのではなく、40年前、二十歳代半ばのころ、父親が病気の療養中「すずき」のスープが飲みたいという希望を特別聞き入れて貰い、独立開店したての店へ容器をもって取りに行ったことに始まる。
鈴木さんは、戦前から桐生にあった「桐葉軒」(とうようけん)というレストランで修業した。名前は古くさいが当時としては、他の街にもなかったハイカラな店だった。桐生は織都であり、京阪神や東京の百貨店、卸問屋の仕入れ方との交流が多かった。それだけに一流の味を誇った店が多かった。
「桐葉軒」(とうようけん)は、桐生倶楽部という政財界人の集まる建物の敷地の中にあった。フランス語も独学で習い、厳しい修業の後、22歳で料理長に抜擢された。通算12年の時を経て市内で「すずき」として独立、味のよさで繁盛した。
現在の場所に移転したのは1979年、本格フランス料理「ファンベックすずき」。ファンベックは「鋭いくちばし=食通」という意味だった。店は繁盛し、県内外でシェフとして活躍する20人以上の弟子も育てた。また、直弟子以外の他店で修業したシェフにも快く教えたことから、恩恵を受けた人も多く、「群馬のドン」といわれるゆえんでもある。
ファンベック開店の前に初めて渡仏、現地の一流料理店を食べ歩き、自分の料理がフランス料理であることを確信したという。そのころの鈴木さんは「味に妥協を許さない」という感じが料理にも表れていた。
自分の料理が完成したと思えるようになったのは「六十歳になってから」という。
だから、昨年の4月、店の改装を機に店名を「シュマンドール」(黄金の道)に変え、客席も40から29に減らした。そして、客席の目の前で料理をするオープンな「フィニッシュ・キッチン」方式に改めた。「お客様一人一人の料理人になる」という夢に一歩でも近づきたいためという。
鈴木さんの料理には、「洗練された」という形容詞がふさわしい。どれをとっても垢抜けている。だから、東京都内の一流店やホテルのシェフも食べに訪れ、味に驚嘆して帰るというが、好奇心の強い熱心なお客様には、料理の作り方を教えながら会話を楽しんでいるように見える。側で見ていても「教え上手」である。
近頃の料理は、洗練さを超えて、素材の扱い、ソースの味、味付けにしても、一種の遊び心(ゆとり)が伝わって来る。脱フランス料理・ステージアップの域に達したのかと見まごうばかりである。ここまで来たら、やがて料理の仙人「仙境」の域に達するまでの味を見たいものと思っている。まだまだ当分お付き合いが続きそうな料理人の一人である。
醤油造り伝統の技を守る 萩原恒男さん 【 食の匠たち 】
創業天保三年、170年余の伝統を受け継ぐのが、㈱有田屋工場長の萩原恒男さんです。長い歴史の中で何代目の工場長かは数えたことがないそうだが、入社44 年目の大ベテランではある。顔のしわひとつにも長年、麹造りや、もろみの仕込みに全精力をつぎ込んできた匠の顔そのものである。
醤油造りは、代々の職人さんから受け継がれる伝承技術ではあるが、もちろんその時、その時でいろいろな技術改良は行われてきた。しかしながら、有田屋で現在も守られているのは「天然醸造」で、人工的に温度、湿度を加えず、上州の気候、風土に任せた醸造法である。
それだけに、毎年均等な品質の醤油造りには、一番腐心するところだという。それゆえ、自然に気象、気候に対するセンサーが鋭く磨かれ、毎日の天気模様にきめ細かなアンテナを張りめぐらしている事が言葉の端はしに窺われる。
醤油造りの要(かなめ)は「手入れ、櫂入れ、火入れ」といわれるが、「手入れ」は麹造りの管理を意味している。その要点は、通風管理と温度管理だという。麹造りが始まると、3日間くらいは、不眠不休の気が抜けない時が続くという。もちろん、麹菌にの中に雑菌が入り込んで汚染されないよう、麹造りの装置には、清潔が保たれるよう細心の注意を払いながら作業が進む。
あらゆる工程管理での技術を維持し、改善し、伝統として次世代に伝えて行くのが工場長の責任と萩原さん。醤油はお酒と違って季節を問わず仕込めるのが一般的だが、「天然醸造」の伝統から有田屋では、仕込み時期も、寒仕込みが行われている。
どうしても追加の仕込みをしないと間に合わないときは、秋の仕込みもするという。理由は、低温時の仕込みは、もろみの原料利用率が高いという利点を活かしてのことである。合理化や省力化は進めながらも、古き良き伝統技術は着実に、次の食の匠たちに受け継がれて行くに違いない。
今回、キパワーソルトという伝承技法によって造られた塩を使っての醤油造りは、有田屋にとっても、新しいチャレンジだったと語る。創業以来守り続けてきた『富國』というトップブランドで発売決定したのも、その思い入れの現れであると感じる。
いまや「ソイソース」といえば世界で通用する優れた調味料として脚光を浴びる醤油だが、すぐれた技術の伝承を守り続けている醸造メーカーが生き残れるかというのは、消費者の意識と理解にかかっていると考える。
塩の使い方に新境地 尾島良治さん 【 食の匠たち 】
尾島さんは戦後、桐生でお父さんが開いた「江戸っ子寿司 を継いだ二代目。
二代目のきついところは親以上の味を創り出していかねばならないことでしょう。それとお寿司屋さんは、近年時代の変遷で、昔のままの営業形態でやっている店がどんどん減っているという厳しい環境にある。回転寿司のような数と廉価志向か、
寿司本来の味で勝負の生き方か、二極志向の様相を呈しているわけです。
そんな中で、尾島さんのコンセプトは、あくまで寿司本来の味と、さらに深化した寿司作りに挑戦し続けている。それだけに修行時代から師匠には、徹底的にタネの鑑別法、見分け方を仕込まれたという。地方の寿司屋さんは良いネタの仕入が大変だが、東京の築地には毎週通ってなじみの仲買店から吟味に吟味を重ねて仕入れて来る。本当は週2回行きたいのだそうだが、往復7~8時間かかるので、週一回の買い付けとなる。
もちろんマグロの鑑別には最近輸入魚が増えているだけに力を入れて勉強しているが、むしろ神経を使って見分けてくるのが季節、旬の小魚類。春や夏にはシンコ、コハダ、アジ、マコガレイ、イナダ、アオリイカ、トリ貝、アワビ、穴子、シャコ、カツオなど、秋や冬にはさサバ、サヨリ、スミイカ、車海老、みる貝、赤貝、マダコ、ハマグリ、ヒラメ、真鯛など。
種類も多く、水揚げ地もさまざまなだけに、旬の味を選ぶには長年のカンと経験が頼り。長い常連のお客様の舌に応えられるには、魚の目利きが繁盛の分かれ目となる。また、帰ってから仕入れたものを丁寧に仕込みにかける時間を費やす。最近は、仕込済みのタネを仕入れてくる寿司屋さんも多いというが、尾島さんは塩の使い方に工夫と研究を進める中で自信をつけて行った。特に本当の通が好むというコハダの塩の振り加減と、酢の締め加減は絶品である。
玉子焼きも修業時代の親方に仕込まれた「東京焼」の味を守り通して焼いているが、一工夫したのがキパワーソルトの使い方、塩加減で日持ちが良いのと、味が一段と良くなったとお客様の評判も上々。最近は、白身の魚を塩味で食べるお客様のリクエストが増えたが、タコも塩味であっさりした塩加減で食べると美味しいと、食通からの注文が多いという。(写真は、白身魚とタコを塩味とスダチをちょっと絞り食べる)
タネの仕込みもさることながら、意外と難しいのがシャリの選別と炊き方。昔から「握り鮨の味は、タネが4分にメシ6分」といわれるほど。それだけに米の産地情報と仕入には気をつかう。鮨飯に最適なのは、寒暖の差が激しい山間部でとれた小粒のお米の方が適している。かえって平野部でとれた大粒の米は柔らかく、温度が冷めたときにべたついてしまうという。鮨飯の炊き方も塩の使い方で随分違うというから、お米が変わる度に、塩加減の使い方を研究し、ノウハウを溜め込んでいるという。
キパワーソルトと塩田の塩で、いろいろな使い勝手を研究している寿司屋さんとしては、いまのところナンバーワンと言えるでしょう。これからも精進を重ね、名人といわれる域に達するよう頑張って頂きたい二代目です。
野菜作り,料理,氷彫刻,独自の境地を目指す才人 村上元彦さん 【 食の匠たち 】
6月の初め、中学時代の親友から「美味しい評判の店があるから行ってみないか」という誘いを受けた。食べに行く理由はなんとでも付けられる。そういう話しはまとまりが早い、たちまち5人の同級生で食べに行った。洗練された料理と、雰囲気のある店構えで満足した一行だったが、オーナーシェフの顔を見て、いつかどこかで会った顔。
いろいろ話を聞いてみると20年以上前に市内でフランス料理のレストラン「亜空間」という店を開いていたシェフだった。当時は、普通に家内などと食事に行った通り一遍の客だったが、歳月の経つのは早く、久しぶりの再会だった。
村上さんの料理人としてのスタートは、東京・有楽町にある「ニュートーキョー」の別館にあるレストラン。新宿、銀座にある一流レストランに勤務したあと、フランス料理は鉄人・坂井の高弟から学び、一緒にテレビ出演したことも多々あったという。20歳のときから勉強を始めた「氷の彫刻」は、以来現在に至るまでライフワークのひとつ。群馬県・伊勢崎市に開いた師匠のフランス料理レストランでチーフを勤めた後、24歳の時に桐生で開店したのがフランス料理のレストラン「亜空間」。30歳まで6年間営業して、思うところあり閉店して、氷の彫刻で全国のホテルから仕事の依頼を受けながら、デザートの研究に打ち込む。
PSJ研究所・南雲成次さんとは、30年来の盟友で、氷彫刻ではコンビを組んで北海道や長野県で行われる大会で多くの賞をとった。北海道で開催された世界大会では第三位になったという。また、テレビチャンピオンになったこともある。氷彫刻戸外の大会では、厳寒-20度の中を3日間も作業したことがあるというから体力も必要である。現在は、隣の町から依頼されて、祇園祭・実物大の御神輿の彫刻も頼まれ、夏の一夜を4~5時間の命だが町民に涼風を送る仕事も引受ている。写真右上は、ホテルでの氷彫刻作品。
デザートの研究では、会社を立ち上げ独特な製法とデザインで東京の一流ホテルやレストラン・宴会場に納入している。だから、ホテルの結婚式で村上さんの作品と知らずデザートを食べている場合があるのでないだろうか。現在会社も軌道に乗って来てるので、自分の作りたい料理を作るコンセプトで昨年秋に開いたのが「月花」。
さらに、もうひとつのライフワークである「そば打ち」「うどん打ち」である。「そば打ち」は、会員800名を擁する教室を主宰しているが、うどんも地粉造りから取り組んで研究に打ち込んでいる。
塩の使い方についても一家言あり、キパワーソルトの評価も高く買っている。これから塩談義の相手が近くに出来て喜ばしい。多才な顔をもつ才人がいよいよ研鑽を積んで、自の境地に至れるのかというのも見ものではある。
既成概念を打ち破る野菜作り・南雲成次さん 【 食の匠たち 】
世間一般の常識からしたら「変人・奇人」という評価が成り立つ。ただ、南雲さんと話をしていると感じるのは、どこかのコマーシャルで言っていたが「目のつけどころが違うでしょ・・」ということにピッタリの御仁である。
南雲さんが農業を営む隣町の隣村であった新里村は、今回隣町を飛び越して私の住んでいる桐生市と合併した珍しい合併例のところにある。だから、南雲さんとの出会いも変わっていた。
5年ほど前、東京・銀座にある「異業種交流会」の席上で、パーティー料理を作りながら、持ち込んで来た野菜をしきりに「生で食べてみてください」という人がいた。奨められるまま、キャベツや人参を生で食べてみたが、シャキッとしていて柔かく、味は今まで食べた有機野菜とは一味ちがうものを感じた。長年、有機野菜を試食していると、使った堆肥の種類がある程度分かるようになる。南雲さんの野菜は、それを感じさせない野菜の素直な味がした。
聞いてみると、近くの新里村というので後日尋ねることを約束して、往来が始まり5年経ったのである。初めて尋ねた日、自宅の周りにある自然発生したのか、植えたのかわからないが、いろいろなハーブを摘んでは食べさせられた。つまり、南雲さんにとっては植物の生育を観察する手近なサンプルなのである。畑へ行ってみて驚いたのは、広い面積の土の柔らかいことである。今まで見た有機農法の畑では無かった感触なのです。
この畑では長い大根も子供の力でスーッと引き抜ける。その土の秘密は、畑の奥に山と積んである堆肥にあった。完熟して土と化した堆肥をダンプ100台分入れたというから柔らかい筈である。いろいろな野菜がのびのび育っているのが分かる。南雲農法の特徴は、考案した独特の堆肥造りにあり、切り返しの時に使うキパワーソルトの希釈液にノウハウが秘められています。もちろんキパワーソルト希釈の葉面散布にも工夫が凝らされている。
南雲さんは、もともと腕の立つ料理人であった。美味しさ 追求しているうちに、 本物の素材は自分で作らねば本当に良いものは出来ないと農業を始めた。だから真新しいキャンバスに自由な色を塗る、従来の農家にない発想で作物造りを始めたから、既存の農家からは異端視されたのも無理はない。
写真左の手に持つ野菜は、西洋種のゴボウでである。グロテスクな形からサラダにすると美味なることは想像し難い。写真右・温室栽培のトマトも、もともと原産地ペルーの高原地帯である乾燥した高地の環境を再現し(室内環境造りにいろいろ工夫が見られる)遠い遺伝子DNAレベルの性質を呼び覚まして上げるような育て方をする。 それで、西洋ゴボウもトマトも性質、性格を最大限に発揮できる自由な育ち方をする。結果、トマトは水分が25%も少ない、濃密な味わいと甘さで、契約したレストランや納入先から引く手あまたで大人気となる。
南雲さんの趣味は多彩で、そのひとつに渓流釣りがある。ある年の夏、沢山釣ってきた岩魚をキパワーソルト味で燻製にしたものを頂いた。 今まで食べたどんな燻製にも勝る美味であったが、何をするにも器用なのである。その昔、料理人時代には「氷の彫刻」で、さまざまなコンクールで賞を総なめにした過去を知る人は少ない。特に、「月花」のオーナー・シェフ村上元彦さんとコンビで、様々な大会・コンクールで名声を博したことを最近村上さんとの出会いで初めて聞いた。
自然農法や有機農業を営んでいる農家はそれぞれ工夫を凝らしているとは思うが、南雲さんのような奇想天外ではあるが自然循環型の農法で、生産効率を上げたら、食糧自給率改善に貢献できる可能性大と思う。これからの新発想による開発がますます期待できる。
若き名シェフ 池田隆二さん 【 食の匠たち 】
池田隆二さん、偶然にも同姓であるが、彼と出会ったのは4年前、日本橋にある老舗百貨店の展示場であった。彼は、自分で創作したドレッシングを展示していた。温顔と温厚な人柄から同姓のよしみもあり、直ぐに親しくなった。話を聞いてみると童顔で若そうな人柄とは裏腹に、料理に対する見識と経歴は中々のものがある。
1964年東京生まれというからまだ若いが、料理人としては油の乗り始めた年齢でもある。子どもの頃から料理好きで、「リュウちゃんのご飯は美味しい」と評判になり、友達から何か作ってとリクエストされるくらいだったというから、シェフを目指したのは当然の成り行きといえる。
18歳で株式会社藤田観光に 入社。新宿ワシントンホテル洋食課・メインレストラン「ガスライト」に配属されオープニングスタッフとして立ち上げに青春時代を過ごした。3年間の勤務を経て、ドイツ・ケルンの「KIKKOMAN DAITOKAI GMBH Koln」(キッコーマンの現地法人)に入社。2年後に最年少で料理長に就任したというから、単なる料理好きだけの才能ではない。
ドイツ時代に現地で学んだドレッシングの作り方が後年、創作ドレッシングの製造する原動力になったという。
89年 帰国後、六本木にあったかつてのステーキの名店「樹」(いつき)に入社、その時ステーキに対するセンスも磨いた。その他、赤坂店(イタリアンレストラン 「AKASAKA-SHOKUDO」)・池袋店
(イタリアンレストラン「Trattoria MUSE」)料理長兼店長を歴任(池下レディースクリニック料理責任者も兼任)。99年、レストラン「Kudamm Platz」に入社。料理長兼店長に就任。
2001年3月には、テレビ番組 「どっちの料理ショー」に出演。同年4月に独立、株式会社ビデカと提携。「ベルリンの壁」ブランドを立ち上げ、こだわり手作りソースをプロデュ-スしました。それが4年間をかけて開発した「ベルリンの壁」ブランドのドレッシングです。(写真右側)日本生命のホームページ「家庭の泉」料理欄も一年担当したというから、活躍は多岐にわたっている。
数多く出会った料理人の中でも瞬間的に判断できる人はそう多くはないが、4年前に出会ってキパワーソルトを一舐めして、彼は直ぐにその価値がわかった一人です。爾来、あちこちPRして下さいましたが、特に今回は自らチーフを勤め、後進の指導にあたっているレストランcacciatore(カッチャトーレ)で、全面的に採用して、お客様から「美味しいの評判」を頂いています。
料理人としては、これからが円熟期の境地に入る年齢ですから、さらなる精進を期待すると共に、現在、塩に関してコラボレートの話しも進行中です。
鶏大好き青年 生方彰さん 【 食の匠たち 】
「寝食を忘れて」という形容があるが、彼の鶏を世話する態度はまさにその通り、鶏大好き人間である。3年前、知人の紹介で群馬県北部の子持山麓で好い飼い方をしている養鶏場があると聞いて尋ねて行ったのが最初である。
関越道の昭和村にあるインターを降りて車で20分のところにある「子持自然恵農場」で待っていたのが生方青年(場長)だった。自ら「鶏大好き人間」というように、鶏にたいする愛情は並々ならぬものがあった。
キパワーソルトを使うことの意義についても熱心に耳を傾けてくれた彼は、以来律儀にも餌の中に入れてずっと使い続けている。また、鶏について語りだすと彼の話は終わることを知らず、本当に鶏が好きなのだということがわかる。
「鶏は砂遊びが大好きなんですよね」という彼の言葉に、終戦後食料難の時代、庭で鶏を飼っていた事を思い出した。その時は、当たり前の光景と思って特に気にかけていなかったが、彼の観察眼は鶏の細かい習性にまで知り尽くしている感じがする。水ひとつとっても溜め水ではなく、いつも新鮮な掛け流しで鶏は水を呑むことができる。
しかし、ここ数年彼を悩ます問題に「鶏ウィルス」による風評被害がある。「子持自然恵農場」のような現在では少ない「平飼い養鶏」の鶏の抗病力や免疫力は、「ゲージ式工場養鶏」に比べて圧倒的に強いのだが、いったん風評が立つと今まで信頼して来た消費者まで及び腰になる事があるという。
鶏卵という食品は「価格の優等生」といわれるくらい安い値段が続いている食品のひとつです。逆に言えば養鶏家の経済効率追求により成り立ったいたのかも知れないが、飼い方はおよそ生き物を飼うというものではなく、100万羽、200万羽という単位で窓のない工場のような養鶏場で消費者の目に触れることは全くない。しかもブランド名も環境団体が問題にしたように「自然」「オーガニック」のまぎらわしいうたい文句にしているから、消費者はなお良否の判別がつかない。
一万羽未満の「平飼い養鶏場」などは飼い手の思想と消費者の思いがつながることにより成り立っている。それだけに情報発信は重要だが、少ないスタッフで鶏の面倒をみる時間にとられ、なかなか思うよう行かないという。最近では茨城県で発生した「鶏ウィルス」だが、近いだけきめ細かいインフォメーションの必要が痛感される。
だから消費者の方々に「ウチの農場へ来てみてください」というのが、今まで一番の情報発信だったが昨今はそれが出来ないのが悩みという。というのも、山から来る野鳥や、鴉、野鳩などの持ち込む病原菌にも気をつけているが、今は人間が持ち込む「病原菌やウィルス」のほうがよほど怖いのかも知れないからですね。
賢明な消費者の支持がもっと得られるならば、「平飼い養鶏場」の拡大は可能です。遠くでも送る流通システムは出来上がっていますから、気(Qi)のパワーの高い玉子を召し上がって頂きたいと思います。
飼い方の詳細は、 "http://www.qisalt.com/user/index.htm">http://www.qisalt.com/user/index.htm の子持自然恵農場をクリックしてください。
お問い合わせは、電話0278-22-1105でお尋ねください。
日本の梅干しおばさん 乗松祥子さん 【 食の匠たち 】
日本の伝統的な漬物「梅干し」ですが、日本料理の世界で梅干しと言えば知らぬ人のない乗松祥子さんというオバちゃんがいます。自ら「梅干しばばあ」と称してはばからないほど梅干しの普及に日夜専心している希有な存在です。
乗松さんは、東京の代官山で「延楽」という日本料理のお店のオーナーです。店の名前の由来を伺ったところによると、町名は、猿楽町(さるがくちょう)ですからそれに因んで付けようと思ったそうです。ところが、料理屋さんに動物の名前はふさわしくないと忠告され「延楽」(えんがく)と読み替えて付けたという経緯があったそうです。
梅干しとの馴れ初めは、若いころお勤めしていた超有名なお店(懐石料理)が移転をするので片づけをしていたところ、床下の方から出てきたのが古色蒼然(こしょくそうぜん)たるほこりに汚れた壺。中に入っていたのは黒ずんでコロッとしたもので、どう見ても食べ物とは思えないと感じたそうです。しかし、それが100年くらい前のもので、お店の主人がさる漬物名人から頂いた梅干しということでした。その100年前の梅干しは頂いて保存し、今でもお店の宝物として現存しているそうです。
非常に長い年月を経ながら、変化し続け、たくましく生きている梅干しに衝撃を受けたことが、今の乗松さんをあらしめたと言って過言ではないでしょう。そして古い梅干しの単に食べて美味しいとは違う別の力を感じ、自身でも梅干しを漬け始めたのが独立以前のその年からだそうです。爾来、本業の合間に日本中の梅農家を尋ね歩き、梅干しにふさわしい品種を探すことに明け暮れました。
その中で、昔から神奈川県で栽培されていた「杉田」という品種、今は栽培する梅農家もごくわずかという江戸時代からの伝統的品種です。
ふっくらと大きな果実と柔らかな果肉と香に魅せられた乗松さんは小田原の梅農家へ出向いたのです。ところが、生産量が昔と違って少なくなり、買う人が決まっているので頒けて上げられないと断られました。それから始まったのが小田原通いで、毎年、毎年、やってくる根気にほだされて梅を頒けて貰えるようになるまで3~4年かかったと言います。
今は伝統品種「杉田」の栽培普及にも東奔西走している乗松さんですが、祖先から営々として受け継いできた日本のすぐれた食べ物、 梅干しを次の世代に引き継いで行くことが使命と、その行動や言動に現れています。
毎年「梅仕事」の季節になると、鎌倉にある作業場は戦場のようになりますが、乗松さんの陣頭指揮で梅干しを初めとして、 梅酒やいろいろな漬物が手際よく仕込まれて行きます。もちろん、本業である代官山の日本料理「延楽」(電話・03-3770-3418)へ行きますと洗練された食事を楽しむことができます。季節、季節で梅に因んだ料理も供されます。
http://www.daikanyama.ne.jp/areaguide/database.cgi?equal18=146&tid=all_detail (折れる場合は、つないでアドレスに入力して下さい)
梅干しの作り方を初め、乗松さんの料理の集大成が『梅暦・梅料理』という本の中で紹介されています。梅干しを本格的に作るにも、家庭用の少人数用で簡単に作るにもガイドブックとしても最適です。
http://www.qisalt.com/blog/2006/01/13.html
また、例年暮れになると東京・日本橋室町にある老舗百貨店の「お節料理」コーナーで、「延楽」の本格的な日本料理のお節を注文して味わうことができます。
北の料理人 貫田桂一さん 【 食の匠たち 】
貫田さんと初めてお目にかかったのが、まだキパワーソルトの販売普及が開始されて間もないころでした。おだやかな語り口と人柄は、 初印象からして好感がもてた。いろいろお話を聞いてみると、その料理に対する研究熱心さには驚くばかりです。
北海道は、もともと食材に恵まれている土地ではあります。ですから、北海道の料理人は、美味い素材が、 近くですぐ手に入るので余り努力をしなくても良い料理を作れるのでは、と思っていたが、その考えは誤りだったことが思い知らされました。
北海道の魚、野菜にしても、プロの目からすると「ピンからキリ」までというのは当然だろうと思います。それゆえ、 貫田さんは良い素材を求めて、辺境の地まで、くまなく巡り歩いたという。 その距離には広い北海道ゆえ驚くべき時間を費やしたものと想像できます。
長年かけて足で探した本当に北海道ならではの料理素材を紹介した本が「北の料理人」http://www.qisalt.com/blog/2006/01/20.htmlです。
食材を見る目は厳しいが、北海道に対する愛着にあふれた一冊となっています。また、塩のお話になると時間の経つのを忘れてしまうほど、 フランス料理のシェフとは思えないほど詳しい。それもそのはず修行時代、兄弟子に塩については特別徹底的に仕込まれたというから、 良い兄弟子に恵まれたものだと思います。
数年後、北海道HBCテレビで「韓国の焼塩」(キパワーソルト)特集の番組を収録する際には、本当にお世話になりました。 その数年の間に溜め込んだ資料をもとにして、またも出版したのが「北の料理人Ⅱ」 です。
北海道庁から「地域づくりアドバイザー」の委嘱を受けているほど、北海道のPRマンとして忙しいシェフですが、貫田さんの料理は、 北海道の食材を生かしきった創作料理といってよいでしょう。
「豊かな時間と食」を提供する「食文化発信基地」を目指して、 北海道の食を全国に広めたいという貫田さんのこれから活躍の場が更に広がって行くことでしょう。
『奇跡のリンゴ』 【 お勧めの本 】
2006年にNHKテレビのドキュメンタリー番組「プロフェショナル仕事の流儀」で放映され、大きな反響を呼んだ青森県のリンゴ農家・木村秋則さんの「奇跡のリンゴ」を著者が周辺取材し、構成、書き下ろしたものです。
青森は、リンゴとお米が生産品目の大部分を占めている。それだけに戦後、農協主導による化学肥料、農薬で長年取り組んできた。ところが、近年そのシステムによる枠組みが農法としても、農政的にも破綻を来して行き詰まって来たことは明らかである。消費者の食品に対する安全・安心の意識も変化してきているが、従来からあった自然農法というジャンルも、内容は幅広く取り組み方もいろいろである。
自然農法というと『わら一本の革命』の福岡正信先生を思い出す。不耕起・不除草・不施肥など独特の哲学で、ある意味ほったらかし流の自然農法を実践し、自然農法のあり方に一石を投じた意義は大きい。近所の自然食品店から季節になると「福岡みかん」を毎年購入していたが、外見でけではどう見ても茶色ががった少し干からびたようなみかんは、相当作物に対する深い認識と意識がないと普通の消費者でみてくれで敬遠してしまうのではないかと思えた。もちろん食べれば、まろやかな糖度で自然のうま味と日持ちのよさが抜群であったことはいうまでもない。
福岡正信先生は、気候も温暖な四国であったことが好い条件に恵まれた点があるが、青森という冬は厳寒の地で「農薬も肥料もつかわず、たわわにリンゴを実らせる」という木村秋則さんの自然農法は、完成するまで30年近くかかっている。その間、苦心、苦労は、筆舌につくせないという表現がぴったりの時間ではなかったろうかと思える。しかし、このテの人の感覚は苦労が苦労と思わないところが常人と違うところだが、現実は厳しく極貧の時は昼間の農作業が終わると、夜は街のクラブやキャバレーの便所掃除、雑役などのアルバイトで子供たちの学費を払ったという。
木村さんの自然農法は、徹底的に長い時間をかけて害虫の生態、益虫の生態、雑草、雑木、林相など自然観察からたどりついたという。虫の生態についても「ファーブルの昆虫記」にも書いてない、大学の研究室の先生も知らないような未知の生態を実によく見極めていったという。そこから導き出された自然農法は、温暖地、寒冷地に限らず、また、果樹、稲作に限らず幅広く応用できるところに大変な価値がある。
NHKテレビのドキュメンタリー番組で放送される以前から、北海道、埼玉、栃木、茨城等で「木村自然農法」を導入した農家がどんどん増えているそうです。さらには、外国では韓国が熱心に木村自然農法を学んでいて、アフリカ等の農地が砂漠化している国から注目をあびているとのこと。砂漠化は、化学肥料、農薬を長年使用した国内の農地でも広がりつつあり、農家の若い後継者が「木村自然農法」をまなんでいるという。
自然農法としてもまだマイナーな存在であり、知名度もいまだしという感じであるが、国基準の有機農法とも違うし、単なる有機無農薬農法とも似て非なるこの農法が日本の農家に普及したら、いままで農家の所得が増えない原因のコストが大幅に低下することは間違いない。今は、木村さんのリンゴを入手するには希望者が多く、入手困難らしいが、同じ農法の作物を消費者がもっと消費拡大して共存を図ることが今後の課題ではなかろうか。
★著者・石川 拓治
1961年茨城県水戸市に生まれ。早稲田大学法学部を卒業。
編集プロダクション勤務を経て1988年フリーランスライターに。
◆主な著書
『ぼくたちはどこから来たの?』(マガジンハウス刊)、『あきらめたから生きられた』(小学館刊)、『国会議員村長』(小学館刊)
◆構成した書籍
『三流』長島一茂著(幻冬舎刊)、『胸懐』TAKURO著(幻冬舎刊)、『Bボーイサラリーマン』HIRO著(幻冬舎刊)、『哲学』島田紳助・松本人志著(幻冬舎刊)、『全思考』北野武著(幻冬舎刊)、『ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する』島田紳助著(幻冬舎新書)、『成功の哲学』三木谷浩史著(幻冬舎刊)、『男道』清原和博著(幻冬舎刊)
★定価、 1,300円(+税) 発行・幻冬社
『みその本、みその料理』 【 お勧めの本 】
年をとったせいか近頃やけに味噌汁の旨さを感じることが多い。麹と大豆のアミノ酸のうまみと甘さを舌で感じ、鰹節や昆布の入り交じった出汁の馥郁(ふくいく)たる香りが鼻をつくと、それはまさに日本の食卓そのものである。
どこの国でも食べ物の伝統は、短い期間で一朝一夕にできるものではない。味噌ひとつとっても、長い歴史と伝統の中で育まれ、れんめんと食生活の中で受け継がれてきたことがわかる。特に「味噌汁」は「おふくろの味」として記憶している人が多く、代表的な食べ物であることに異を唱える人はいないでしょう。
ところが、最近「味噌汁」など食事で口にしたこともないし、テレビ広告のインスタント味噌汁がせいぜいという若者も多いという。味噌の原料・大豆は、もともと100%近くあった自給率が現在は5%といわれている。最近、政治の世界でも「食料自給率改善」をとなえる政治家や政党も目につくが、味噌以外にも大豆製品・納豆や豆腐などがほとんど輸入大豆であることに、国民の目を向けさせ、改善する意識革命が必要ではないだろうか。
本書は、料理研究家・辰巳芳子さんが、母親の浜子さん二代にわたって「味噌汁」だけでなく味噌料理の基本から応用まで長年のノウハウを公開した味噌について何でもわかる初心者に好適であり、ベテランにも参考になる名著です。
味噌は「味噌汁」だけでなく「あえもの」「焼き物」「煮物」「なべもの」「練りみそ」など、実に多岐にわたっています。料理はどんなものでも、余りもの、半端が出るものですが、それらについても懇切丁寧に現代生活に生かす味噌料理として解説されています。
日本の食文化の担い手である「お米」と双璧をなす「味噌」について、ほんものの味噌のおいしさを味わう、きっかけや、他国の料理ではわからないウマ味について感性を磨いて頂きたい思うのです。ぜひ若い女性や若い主婦に必携、必読して頂きたい一冊です。
★著者・辰巳浜子
明治37年生まれ、昭和52年没。料理研究家として活躍。
著書『手しおにかけた私の料理』(婦人之友社)『料理歳時記』(中央公論社)
『みその本』(共著・柴田書店)ほか。
★編者・辰巳芳子
大正13年東京生まれ、聖心女子学院卒業。
鎌倉の自宅で「スープの会」を主宰。
NPO法人「良い食材を伝える会」会長。
『辰巳芳子の旬を味わう』『辰巳芳子 慎みを食卓に』(共にNHK出版)
『あなたのために』『家庭料理のすがた』(共に文化出版局)他。
★定価、 1,600円(+税) 発行・文化出版局
『塩の文明誌』 【 お勧めの本 】
塩について料理や健康問題、医学的なことについて書かれた本は数知れず多いけれど、環境学の専門の研究者が塩をテーマに書いた本はきわめて少なく非常に珍しい。
総合地球環境学といういささか固い感じのする研究者の共著であるが、内容はとてもやさしく、わかりやすく書かれている。「塩の文明誌」という書名であるが、内容は多岐にわたり、塩と料理の関係も一般の料理書とは違う視点から書かれていて興味深い。健康面でも塩の過剰摂取の害は認めながらも「減塩」や「塩分控えめ」の風潮には批判的であり、医学的な観点からも極端な減塩には否定的である。
本題の塩について、まず塩とは何かから始まり、人類と塩とのつきあいから始まる歴史、農耕民族と狩猟民族の塩に対するつきあい方、考え方の違いから、塩のもつ二面性にも言及する。自然環境と塩の関係については、研究者の専門領域であるだけに、うんちくについては深みが あり、塩が地球環境と密接なつながりがあることを納得させてくれる。
塩は人類の文明が始まって以来、よきにつけ悪しきにつけ、その盛衰に深く関わってきた物質であり、そのつきあい方によっては環境的にも「混ぜればゴミ、わければ資源」という両面性があるという。
「食べる」ということ以外に、これほど塩は多面的な物質であることを改めて知ることができる好著といえるでしょう。
★著者・佐藤洋一郎(さとうよういちろう)
1952年、和歌山県生まれ。京都大学院農学研究科修士課程修了。総合地球環境学究所教授。専門は植物遺伝学。
★著者・渡邊紹裕(わたなべつぎひろ)
1953年、栃木県生まれ。京都大学院農学研究科単位取得後退学。総合地球環境学究所教授。専門は農業土木。
著書『水をめぐる人と自然』(有斐閣)『地球温暖化と農業』(編著、昭和堂)ほか。
★定価、920円(+税) 発行・日本放送出版協会
『日本のお米、日本のご飯』 【 お勧めの本 】
世界中どこの国でも「主食」という長い伝統につちかわれた食べ物を中心に毎日の食生活が営まれている。その主食は、その国にとって一番気候風土に合った食べ物であり、食べる人の体質に適合したものであり、長い年月にわたり祖先からの智恵が込められ栽培法も数々のノウハウが伝えられている。
だからどこの国でも主食の需要が減ることはないし、まして交替することはあり得ない。ところが、戦後一貫してわが国では主食である「お米」の消費が減り、しかも食糧の輸入が増えて自給率が先進国最低の国となってしまった。食べ物が店頭にはあふれ、一見豊かそうに見えるが、食べ物に対する考え方が「命をはぐくむ大切なもの」から、「食欲を満たすだけのエサ」という風に考える人が増えているのではないだろうか。
政府は最近になって『食育』を提唱し、自給率の向上を言い始めたが、国民の関心はそう高いように見えない。しかし、以前より『食』に対する意識は徐々にではあるが変化の兆しも出てきている。本書のような『お米、ご飯』に対する啓蒙書が発刊されたのは、今ここで何とかしなければという無意識の領域で衝動が書かせたものではないかと思える。
一般家庭での「お米」が持っている意味、取り扱い方、料理法、取り扱い方、お米を造り出す日本の気候風土の美しさ等々、数多くの写真と説明で、「お米」とは、これほど多様多彩な食べ物であったかを、いまさら思い知らされる。
普段、お米は「ご飯」に炊いて、副食で食べるという思い込みがあるが、本書には「お米の研ぎ方」「洗い米」「水加減」から始まり、塩むすびから焼きむすび、季節のまぜご飯、どんぶりもの、寿司(和風、洋風)、お弁当、お粥シリーズ、茶漬け、チャーハンなど中華や洋風に至るまで、お米料理の多彩さを再発見することでしょう。
これ一冊あれば、季節を問わず、副食をいろいろ考えることもなく、そのご飯に合った副食の作り方も添えてあるから、いろいろなバュリエーションを楽しめるとと共に、日本の「米文化」の奥深さに改めて知ることになります。もちろん、日本中どこでも利用できる食材を使っての料理ですから、各地方の独特の「米文化」が残っている料理を含めれば、本書の何倍にもなるでしょう。
日本の「米文化」の凄さを見直す機会として、ぜひ若い女性や若い主婦に必携、必読して頂きたい一冊です。
★著者・土井善晴(どいよしはる)
1957年大阪市生まれ。料理研究家「おいしいもの研究所」主宰。
スイス、フランス で西洋料理を学んだが、大阪の「味吉兆」で日本料理を修。 料理研究家の父、土井勝の遺志を継ぎ、「清く正しくおいしい日本の家庭料理」を提案する。テレビ、雑誌、レストランのメニュー開発など幅広く活躍。
『日本の家庭料理独習書』(高橋書店)、『土井家の一生もん2品献立』(講談社)など著書多数。この『日本のお米、日本のご飯』は、日本の主食であるお米の素晴らしさと、それを大切にしてきた私たちの祖先の思いを伝えたい、という趣旨で自身が企画した本。
★定価、1,800円(+税) 発行・講談社
『9割の病気は自分で治せる』 【 お勧めの本 】
本のタイトル9割という数字にいささか驚く人は多いでしょう。素人ならともかく、本職の医師が書いてあることだから、何か根拠のあることに違いないと思い、読み進むうちに、現在の医療体制の矛盾から由来していることがわかる。
推薦者の桐島洋子さんが「ここまで言っていいのか?」と心配しているが、医師とはいっても、現在は開業医、勤務医等の医療体制に組み込まれていない立場なので、自由にものが言えるのではないだろうか。とはいえ体制に組み込まれていたら、たちまち厚生労働省からは「異端者」、仲間うちからは「袋叩き」にされるに違いない。
9割の根拠、著者の病気カテゴリーを要約すると、(1)医者が関わっても関わらなくても治る病気。(2)医者がいないと治らない病気。(3)医者がいても治らない病気、に分類されるといいます。著者の体験によると95%以上の患者さんがカテゴリー(1)に属するという。開業医、病院勤務でも70~95%がカテゴリー(1)に属する患者さんで殆ど占められ、むしろカテゴリー(2)に属する患者さんが追いやられているのではないかとさえ思えるとの事です。
なぜそのような現象が起こるのかは、本文中に体験を通して書いてありますが、著者の言うカテゴリー(1)の病気は、感冒(風邪ひき)、高血圧、糖尿病、高脂血症、痛風、心身症、うつ、腰痛、肩こり、頭痛、便秘、不眠、肥滿、ぜん息、アトピーなどを指しています。
これらの病気は、自分で治せる病気であり、今まで刷り込まれた病気の常識に対する間違い、なぜ医療相談をするのか、東洋医学の「未病」を治せば「病気にならない」等、当「医食同源」ブログでも主張している事と共通点が非常に多いのです。
病気が治るということは、具体的にどうすればよいのか。慢性疾患には根本治療が不可欠など、自己治癒力を高めるためのいろいろな方法が示されています。「姿勢」「呼吸」「食」「ツボ刺激」「歩行」「睡眠」など、お医者さんの世話にならなくても自分で治せる方法が提案されています。医療への依存心が中々抜けきれない方は、ぜひ一度お読みください。「目からウロコ」が落ちるのではないでしょうか。
特に「がん」に対する医療相談には力を入れ、ホームページ上からも問い合わせ出来るようです。悩んでいる方や、教えて上げたい方がいたら、こちらから入れます。
文中、自分で出来る簡単な気功『易筋功』(いきんこう)は、スタッフの牟(む)先生が動画で分かりやすく解説しています。古典的な武道気功「易筋経」から、やさしい部分を抜粋して再編したものと思います。
文庫本で価格も安いのですが、中身は充実、価格以上の付加価値が多い一冊です。
★著者・岡本 裕(おかもとゆたか)
1957年大阪市生まれ。e-クリニック医師。医学博士。大阪大学医学部、
同大学院医学部卒。卒後12年あまり、大学病院、市中病院、阪大細胞工学
センターにて主として悪性腫瘍(がん)の臨床、研究に勤しむ。
1993年、従来の医療、医学の考え方と手法に限界を感じ、臨床医を止める。
阪神淡路大震災をきっかけに仲間とNPO法人「21世紀の医療と医学を考える会」
を立ち上げる。健康情報の発信、医療セミナーの開催等の活動。
現在まで2400名のがん患者の医療相談に応える。
著書に『死の宣告からの生還』(講談社)、『がん完治の必須条件』(かんぽう)等。
★定価、571円(+税) 発行・中経の文庫本
『ぬれマスク先生の免疫革命』 【 お勧めの本 】
昔から「風邪は万病のもと」というが、東洋医学では季節を問わずどんな病気も初期は風邪の症状を示す時期があるので「万病のもと」と認識していた。風邪やインフルエンザは寒い季節の病気と考えられているが、季節により増減があるだけで事実上の年間病である。そして、インフルエンザというと、何か特別な怖い病気と情報が刷り込まれているが、風邪の症状を起こすウィルスのひとつにしか過ぎません。
医師にしても、風邪とインフルエンザの違いを直ぐに区別、診断するのは容易でないといわれています。
著者は歯科医であるが、学生の頃はガンの細胞培養学専攻という変わり種。開業してからも自身でよくひいた風邪に悩まされ、悪戦苦闘の末「免疫と自律神経」の関係に行き着き、風邪を免疫力から考えて、予防と治療に「ぬれマスク」という方法を編み出した。
「ぬれマスク」は、簡単、安全、安価な方法で、目的は口呼吸を矯正し、正しい鼻呼吸に戻すものです。当ブログでも以前から「口呼吸をしない」「体を冷やさない」「寝相をよくして骨休め」を提唱してきました。しかし、「口呼吸をしない」といっても具体的にどうするかという場合、専門医でお金を払えば良い方法はいろいろありますが、簡単、安全、安価という方法は中々ありませんでした。
もちろん今まで推奨して来た「鼻洗浄、塩水うがい」は簡便、安全、安価な方法のひとつです。ただ、夜間就寝中のよい方法としてこの「ぬれマスク」法は推奨に値します。著者は、もうひとつうがいでなく、口に微温湯を含み、ブクブク・ゴックンで咽頭を湿らせることを推奨していますが、うがいとどちらが好いかは、少し実践して経過を見ないと今は何とも言えません。
「ぬれマスク」は、簡単だからといっても、医学的な裏付けと経験から実証済みの方法ですから間違いありません。早速、ドラッグテトアでガーゼマスクを購入して実験してみたが、マスクを鼻まで覆うわけではないので呼吸も楽である。(簡単とはいっても方法の詳細は本書をご参照下さい)更に、きちんと鼻で呼吸すると上気道の免疫力がアップすること、口呼吸の弊害が詳細に書いてある。
風邪・インフルエンザについては、予防ワクチンと治療薬の効果について大いなる疑問を提示し、その論拠が述べてある。「たかが呼吸、されど呼吸」ここを正せば、実は色々な思いがけない病気が治り、予防されていることがわかる。「ぬれマスク」は、その意味でも実用的でいろいろな効果が期待できる。
「鳥インフルエンザ」のような新型インフルエンザでも本書に述べてあることが理解できれば、必要以上に怖がることではない事が分る。簡単な方法だけに「論より証拠」すぐ実践出来ることなので、家庭必携の一冊として推奨いたします。
★著者・臼田篤伸(うすだとくのぶ)
1945年長野県生まれ。東京医科歯科大学歯学部大学院修了。歯学博士。
ガンの細胞培養学専攻。東京厚生年金病院歯科部長を経て、1976年
川口市にて歯科医院開業。かたわら風邪、ガンの研究に取り組む。
著書に『さらば風邪薬』(三一書房)、『こんなる効くぞぬれマスク』『抗ガン剤は
移転促進剤』(共に農文協)
★定価、1,200円(+税) 発行・ポプラ社
『落語家はなぜ噺を忘れないのか』 【 お勧めの本 】
初めて落語を聞いたのは小学校1~2年の終戦後であった。戦前からあった蓄音機でザァーザァー針音がするSPレコードだった。柳家金語楼の「兵隊もの」シリーズが何枚かあり、何十回も繰り返し聞いた記憶がある。小・中学生時代はもっぱらラジオで聞いた。
途中違う方へ目が行った時期もあるが、二十歳代の数年は正月になると「上野・鈴本」へ通った。そこで晩年の黒門町の師匠といわれた八代目・桂文楽の高座を大トリで何回か聞いたことがある。端正な顔つきと江戸弁は正統派の噺家(はなしか)らしい。残念ながら何回行っても奇才といわれた古今亭志ん生の高座を聞く機会がなく、もっぱらラジオで聞くほうが多かった。当時、まだ月の家圓鏡(現・橘家圓藏)、三遊亭円楽、三遊亭歌奴(現・円歌)、立川談志等は若手であり、先代の円歌や柳家小さんがベテランの域に入った頃だった。
近年の落語家で天才と言えるのは志ん生の息子・古今亭志ん朝に尽きるであろう。テレビドラマ(白黒時代)の中で一席伺っているシーンを初めて見たとき、噺のスピード、テンポ、歯切れのよさ、正当な江戸弁、どれをとっても凄い落語家が出て来たもんだと驚いた。後で志ん生の息子と知ったが、名実共に志ん生の名跡を継げると思ったが天才は早死にだった。
ところで、常々思っていた事に落語家は、年をとっても何十、何百という噺(はなし)を忘れず、しかも同じ噺の語り口が年齢とともにうま味を増し、味が出てくるのは何故だろうか、という事だった。しかも相当な高齢まで高座を勤め、ボケルこともない。
本書の著者は、人間国宝・柳家小さんが祖父であり、師匠である。小さんはどちらかと言えば才でなく努力型で、年齢と共に実力をつけて行った人であると思う。むしろ孫の花緑のほうが才を感じさせる。俳優さんやタレントは、台詞を強制的に詰め込むが、その映画やドラマが終われば忘れてしまうという。それは、脳に強制的に記憶させるから忘れるのも早く、また他の役の台詞を覚えなければならぬという事に関係があるかと思う。落語家の噺はアタマ(脳)で覚えるというより、体で覚える(身に沁みる)という作業ではないかと思う。だから、繰り返し反復し、腹に納めてそしゃくする中に噺に味が出てくる。
似たような事に「門前の小僧、習わぬ経を読む」という諺があるが、お坊さんの読経もアタマで記憶するものでなく、身につけるものではないかと思う。両者に共通するのは、高齢になっても「雀百まで踊り忘れず」と、少しも衰えないことである。
身に染みるまで体にたたき込むというのは、日本の伝承技能、芸能に共通することであり、現代の勉強法、記憶の良い学生だけが良い成績をとり、入学試験に受かるシステムは生理学的にも感心しない。
本書は、若手落語家の中では文も立つ有望株である。また、落語家の家に生まれ、伝統芸の家風で育っただけ自然と身についたものもある。落語好きが常に疑問に感じていた「なぜ、噺を忘れることがないのか」という疑問にうまく答えていると思う。一般人の老化防止にも役立つ一書ではないかと思いお薦めするものである。
★著者・柳家 花緑
本名・小林九(こばやしきゅう)1971年東京生まれ。
昭和62年(1987年)3月、祖父で人間国宝の五代目・柳家小さんに入門。
前座名・柳家九太郎、昭和64年二ツ目に昇進して小緑(ころく)。
平成6年(94年)3月、22歳で真打ちに昇進して花緑(かろく)。
2003年に落語界の活性化を目指し結成された「六人の会」(春風亭小朝・
笑福亭鶴瓶・林家正蔵・春風亭昇太・立川志の輔)メンバー。
★定価、800円(+税) 発行・角川SSC新書
『日本の食は安すぎる』 【 お勧めの本 】
食料の自給率や食品の国内産ということに消費者の関心が以前と比べ物にならないほど高まっている事は間違いなの事実である。
全農(全国農業協同組合連合会)でも大きく新聞広告で「私たち全農グループは、生産者と消費者を安心で結ぶ懸け橋になります」とか「地産地消にこだわることで、食の未来が変わります」などキャンペーンを打っているが、建前と実情のギャップを多くの消費者は感じるのではなかろうか。
「地産地消」自体は結構なことではあるが、何かキャッチフレーズがご都合主義的に利用されているのではなかろうか。化学肥料や農薬の投与が長年にわたっている農産物が、安全性において、安心して食べられるかは別問題である。
私の知っている限り、農協という組織に組み込まれる事から脱皮して「有機農法」「無農薬農業」を目指した農家は、自前の販売ルート開拓や、価格が高い安いの問題、ときには消費者エゴともぶつかり大変な苦労を強いられているのが実情である。農協傘下の普通の農家も近年はアメリカ流価格破壊ビジネスが、農産物流通に持ち込まれ輸入農産物との価格競争には苦労している。
バブルがはじけて以降の20年近く、食品は「安くてよいもの」という流れで、流通も「価格は消費者が決める」という大義名分で生産者や加工業者に低価格を要求してきた。消費者も「安くて良いのが当たり前」という消費者至上主義に悪のりして来た感がある。
しかし、良い品物、まともな生産者が真っ当なものを作り、適正な価格で売ろうと思ったらそんなに安くはできない、というのが常識でわかるはずである。本文中「安いってことは、どこかにしわ寄せがいっているてことだよ。で、どこにそのしわ寄せがいくかといえば、食品の場合は、だいたい人の身体さ」という言葉は、いみじくも著者の考えを端的にあらわしていると思う。
農協の傘下に入らず自主独立路線を貫いて来た「有機農法や無農薬栽培」を標榜してきた農家は、現在でこそグループ化したり、農業法人組合を作ったりして、生産と販売の仕事分担が出来るようになったが、今から30年位前の農家は流通ルートの開拓に苦労した。どんな業界でも「良いもの」を作れば黙って売れるなどは幻想である。学生時代から農業に携わり、青果流通の仕事を裏表から見てきた著者だからこそ、生産者と消費者を結びつけるコンサルタントに使命を感じていると思う。
まともな感覚をもった消費者ならば「安すぎる」という逆説的な言葉の意味を理解できるであろうが、本書は食品の流通について、知られざる内情も書かれている。消費者としてわきまえでおいたほうが良いことが数々あり、流通の実情について中々伺いしれないことが多々あり勉強になる。
本書以外にお薦めは著者が書いているブログがある。知る人ぞ知る有名なブログらしいが、内容豊富でこれが面白い。全国各地の生産者との交流、いろいろな食材の紹介もあるが、東京を始めとする全国の料理や料理人のブログは、「ミシュランガイド」より親しみやすく、論評は料理に対する造詣の深さを感じさせる。単なるグルメブログとは一線を画するものと思う。カメラにも凝っていて、料理写真としては秀逸、ただ、大きい写真だけに、すぐ開かずちょっと重いのが玉にキズ。料理の写真はプロでもきれいに撮るのは難しい。写真だけを見ても楽しいブログである。
★著者・山本謙治
1971年愛媛県生まれ。慶応義塾大学環境情報学部、同大学院修士課程卒。
在学中に、畑サークル「八百藤」設立、キャンパス内外で野菜を栽培する。
㈱野村総合研究所、青果流通の㈱シラフを経て、2005年㈱グッドテーブルズ
を設立。農産物流通コンサルタントとして活躍中。
著書『やまけんの出張食い倒れ日記 東京編』アスキー社
『実践、農産物トレーサビリティ』誠文堂新光社
★定価、800円(+税) 発行・講談社新書
『野菜が壊れる』 【 お勧めの本 】
このところマスコミも消費者も食品に関わる事件が輸入食品にばかり目が行っているようだこが、それでは国産品なら大丈夫かというと「灯台もと暗し」輸入食料の陰に隠れて問題が顕在化しないだけで、従来からの安全に関する問題はまだ進行形であることが本書によって明らかにされている。
では、何が問題なのかというと、一つには野菜の栄養価が、「日本食品標準成分表」のデータで平成12年(2000年)では昭和25年(1950年)比ほうれん草でビタミンC4分の1、鉄分で7分の1、昭和57年(1982年)比でもほうれん草ビタミンC35%減、鉄分で半減となっいます。60年前の野菜と見た目は同じでも栄養価は落ちている。高度成長時代の昭和57年(1982年)比でも、ビタミンC4で40%減、鉄分で2分の1ですから、農土として土が死にかけているという事です。他のあらゆる野菜にしても、栄養価がなくなっているのはもちろんですが、年配の方にとっては、香りも味わいも昔の野菜とすっかり違ってしまったと感じている方は多いのではないでしょうか。
これは何かと言ったら戦後の農業に導入され大量に使われた化学肥料が原因ですね。化学肥料を使用すれば土の中の自然生態系が破壊され、害虫が増え、いろいろな作物の病気が現れるから農薬を使用するという悪循環に陥ります。
著者は、大手の農機具会社で農業機械技術や營業企画に携わった経緯から、全国の農家の実情を把握していることがわかります。戦後の農家は、農協という組織によって技術指導、産地指定、種の購入、化学肥料、農薬、農業機械の購入、出荷、販売に至るまで組み込まれてしまいました。それどころか、生活用品、家電製品、自動車、保険、旅行にいたるまで気がついたときには多額のローンなどでもガンジガラメされていたわけです。
ではそのような仕組みは農協自体が考え出したのかというと、その背景には日本の戦後高度成長時代、産業構造がもたらした国策の一環であった事が本書から読み取れます。石油化学工業の副産物、自動車産業、製鉄工業の産業廃棄物が化学肥料の原料です。つまり、これらを肥料として売れば一石二鳥の利益とコストダウンになる産業側と、廃棄物処理場として利用される農業という図式が国策として描かれたと読み取れます。
長年日本の農地を化学肥料漬け、農薬まみれにして行き着いたところの一つが亜硝酸態窒素の問題です。野菜の殘留亜硝酸塩については、
で紹介しています。
本書は、その影響が日本の酪農、畜産にまで深刻な影響を及ぼしていることに言及していますが、最終的には国民・消費者がどれだけ深く関心を持ち、どのように対応するかにかかっていると思います。「まだ、間に合う」と結論づけていますが、輸入食品の危険性をあげつらう風潮に流されず、自国の実情も「脚下照顧」、国内農業の現状を知り、将来を展望する上で参考になる一冊と考えます。
★著者・新留勝行
1943年鹿児島県生まれ。農業研究者、鹿児島県立南大隈高等学校卒。
鹿児島県立拓殖講習所へ入所アメリカへ農業研修生として派遣さる。
株式会社ジェム設立、同社代表取締役会長。
★定価、700円(+税) 発行・集英社新書
『まいにち玄米ごはん』 【 お勧めの本 】
一昨年来の食品の産地偽装事件、賞味期限の付け替え、インチキ加工食品など、また昨年は中国産の毒ギョーザ事件を始めとする様々な食品に関わる事件が起きたため、消費者の意識が少しずつ変わって来たように感じられます。
加えて昨年夏からの急激な景気の変動、しかも100年に一度と言われるほどの大不況に遭遇し、倹約志向が高まってきたようです。毎日の食事も加工食品やデリカの購入を控える、外食も回数を減らすなど、皆が右へならえをすると外食産業などは結構てきめんに影響が出ていますね。
反面、家庭でお米の消費が大分増えるなど今までと違った傾向も伺えます。嗜好より、毎日のランニングコストからして家庭で作るご飯のほうが安くつくという理由のようです。それでもご飯の消費が増えるのは、健康面でも食料自給率の向上という点においても結構なことです。
しかし、健康面また栄養からいえば白米より玄米食のほうがベターなのですが、特別関心のある人以外、玄米はとかく敬遠されがちです。炊くのに大変、何かボソボソして不味そう、というイメージがつきまとっているようです。しかし、著者は「始めてみれば、意外とかんたん」という事です。まず炊く釜からして現在は、家庭用の炊飯器でも炊けるようになっています。その他、鋳物ホーロー鍋、土鍋、ステンレス鍋に従来の圧力鍋など選択の幅が広がっています。
玄米は炊き方ですから、本書はこの部分について丁寧に解説してあります。そして、玄米食のためのメニューは豊富に掲載してあり、今まで家庭の主婦が普段から作っているようなメニューが数多くありますから、気軽に取り組めます。食材も野菜のほかに魚介類、鶏肉なども使います。
マクロビォティックや菜食主義で食べたいなら魚介類、肉類は代用品に替える柔軟性もあり、和・洋・中華のほかに日持ちがして毎日食べられる漬物、佃煮、炒めものなどの常備食も。本書でマスターすれば、他の料理本でさらに守備範囲を広げることも可能です。また、本格的な玄米食は少量で栄養的に充分あり、食生活のコストを大幅に低下することが可能です。玄米食の入門書としてわかりやすい本です。
★著者・前田 さやか
1973年福岡県生まれ、同志社女子大学短期大学部卒業。会社勤めをしながら
食と健康のつながりに興味を持ち、マクロビオティック・クッキングスクールに
学ぶ。現在は、Whole Food Studio にインストラクターとして参加のほか、杉並区
の自宅で料理教室 Mitten を主宰。
★定価、 1,500円(+税) 発行・アスペクト
『人間の覚悟』 【 お勧めの本 】
『門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし』と詠んだ一休禅師だが、門松のとれぬうちに読む何冊かの本のうちの一冊が本書だった。最近の著者は小説より人生論的エッセイが多いのだが「覚悟」の内容はどんな事なのだろうかという事に興味を抱いた。
著者は、終戦を中学一年生のとき現在の北朝鮮・平壌で迎えた。当時の日本人は最後まで日本が勝つと信じていた。「治安は維持される。日本人市民はそのまま現地にとどまるように」というラジオを信じているうちに、日ソ不可侵条約を一方的に破棄して、火事場泥棒みたいに進駐してきたソ連軍は、略奪、強奪、殺戮の限りを尽くして日本の居留民を蹂躙した。母親もその犠牲者の一人だったという。
どんな人にも国を愛し、故郷を懐かしむ気持ちはある。けれど、国を愛することと、国家を信用することは別物。「国に頼らない」という覚悟を決める、という序文からこの著者は「覚悟」について説き始める。
著者は人間の一生を登山にみたて、登山は登るだけでなく下山を含めて登山が完成するのだから、下山の哲学をしっかり持たねばならない。人生の後半は男女・夫婦にしても家庭をもつということの意味は半ばそこにあるという。
健康についても同じこと、マスコミ等で健康について関心の高さがうかがえるが、たとえば体に良い食品とか、サプリメントとか、玄米とか、これひとつで体によいなどいう事は決してない。人は一人一人皆違うし、「複雑系」なのだから、医療にしても西洋医学だけで病気が治るわけではない。100%の安心・安全が何かによって保障されることなどあり得ないと覚悟すべき・・・等々、人生のいろいろな場面での「覚悟」のつけ方、日本的にいえば「腹のくくり方」が述べられています。
いつの時代でもそうだが、特にこれからは百年に一度といわれる大恐慌の時代が幕開けしたばかりですから、思いがけない現象がハイスピードで世の中が移り変わって行くと考えられます。陰陽論でいえば「移り変わり」は当然のことですが、人間は「未知との遭遇」したとき、うろたえる人がほとんどです。そうならない為にも、「備えあれば憂いなし」いろいろな覚悟は普段から腹に納めておいたほうがよいと思います。そこで、どう対処したらよいかという点で迷ったときに一読する本としてお薦めいたします。
★著者・五木寛之
昭和7年福岡県生まれ、早稲田大学中退後、編集者、ルポライターを経て
『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞。『青春の門 筑豊編』で吉川英治文学賞。
主な著書に『風に吹かれて』『朱鷺の墓』『戒厳令の夜』『大河の一滴』ほか。
★定価、 680円(+税) 発行・新潮社
『娘につたえる私の味』 【 お勧めの本 】
本書は、昭和44年、料理研究家の辰巳浜子さんが著した家庭料理書『娘に伝える私の味』を40年後のいま、娘の辰巳芳子さんが日本の家庭料理書として筆を加え、「新版 娘に伝える私の味」として復刻したものです。
現在はどこの家庭でも、加工食品や外食が増え、主婦が料理を作る機会が減っています。しかし、食事の基本は主婦が手作りで料理を作ることにあります。また、日本の家庭料理は、長い時間をかけて作り上げてきた献立が季節に応じて食卓に上がるのが当然でした。作る機会が減れば、簡単な料理を作れない主婦が増えるのも当然です。
40年前は、経済の高度成長加速時代とはいえ、一部にグルメブームがありましたが、現在ほど外食や加工食品だらけということはありませんでした。このところ加工食品、輸入食品の安全性に問題が発覚、外食にしても一見安いけれど食材に安心できないことが露顕してしまいました。
加えて現在進行中、先行きどこまで大不況が長引くのか、不安な時代に入りましたから、家庭料理のほうが結局コストが安くて美味しいものが出来るという風潮が出てきました。そんな時、初心者でも日本の伝統的な家庭料理の基礎から、四季のお献立まできれいな写真つき、分かりやすい解説つきで著した本書は時機を得たものと思います。
お正月から十二月まで毎月の旬の素材を使った献立と料理レシピ、煮物、焼き物、汁物、揚げ物、鍋物、あえ物、漬物、寿司、雑煮、お粥など、基本から確り説明していますから、若い方でも理解できます。
母・辰巳浜子(料理研究家)さんは、NHKテレビ「きょうの料理」初期の草分け的講師でした。娘・辰巳芳子さんは、鎌倉で料理教室を主宰しているが、定員は少数精鋭主義のため受講希望の生徒さんが多くて、2~3年空席待ちという。本欄でも3年前に著書を紹介したことがある。
普遍的な日本の家庭料理だから、食養生の料理みたいに動物性(肉、卵、魚)はダメということがなく、和の献立を中心に洋の献立も混じって、尚且つ新しく加えた注釈を読むと、一層理解がしやすい。確かに日本中の家庭に一冊備えておきたいと思わせるに充分な内容である。
★著者・辰巳浜子
明治37年生まれ、昭和52年没。料理研究家として活躍。
著書『手しおにかけた私の料理』(婦人之友社)『料理歳時記』(中央公論社)
『みその本』(共著・柴田書店)ほか。
★著者・辰巳芳子
大正13年東京生まれ、聖心女子学院卒業。
鎌倉の自宅で「スープの会」を主宰。
NPO法人「良い食材を伝える会」会長。
『辰巳芳子の旬を味わう』『辰巳芳子 慎みを食卓に』(共にNHK出版)
『あなたのために』『家庭料理のすがた』(共に文化出版局)他。
★定価、 3,800円(+税) 発行・文芸春秋社
『七日市藩和蘭薬記』 【 お勧めの本 】
どんな時代でも平穏無事な期間はそう長くはないものだが、300年近く続いた江戸時代も後期になると波乱の時代を迎える。高視聴率を博したNHKの大河ドラマ『篤姫』も、そんな時代背景と今まで余り知られていなかった人物像の意外性が興味をひきつけたのではと考えられる。以前、「百七十余年、伝統を受け継ぐ地方醸造家の変遷史・キパワーソルト醤油物語」を紹介したことがあった。
そのとき感じたのは、長い間の鎖国で国外の情報には暗かったのでは考えられるのに、意外なほど武士、商人、百姓が海外の事情に通じ、勉学意欲に盛んな人々が大勢いたということであった。
本書は、その時代唯一外国との窓口であった長崎出島の和蘭(オランダ)商館経由で入って来た医学や薬学の情報がどのような人々によって国内に流れて行ったか、ということが一つの軸になっている。
それは一つの背景であって、舞台は意外にも上州・七日市藩(現在の群馬県富岡市七日市)が主役となっているところに興味を引かれて一気に読むこととなった。まして七日市藩が、金沢の加賀百万石大名・前田家の支藩(いわゆる飛び領)であったことを同じ群馬に住みながら初めて知った。
一万石の小大名でありながら、その特異性ゆえに江戸幕府の隠密(情報機関)や和蘭(オランダ)薬の調合をめぐって薩摩藩(鹿児島)島津家の間者(スパイ)との暗闘などに至る経緯は、当時の各藩が財政収入をあげるため、米以外の換金しやすくしかも利益の大きな産物を探求していたことにある。
この小説の主人公は、加賀前田藩士で飛び地の七日市藩・薬事奉行に任ぜられた宮脇一之丞と息子・一馬で、加賀から京都、長崎、江戸、上州と物語は繰り広げられる。フィクションといっても作者は工学部出身者らしい史実・史料に丁寧な考証を加え、当時の時代背景描写は正鵠を射ている。
当時、オランダ商館の蘭館医・シーボルトが禁制品の「日本地図」を持ち出そうとして発覚した大疑獄事件があった。それに連座した江戸幕府高官、長崎の有能なオランダ語通訳、使い走りに至るまで数十人が死罪ほかの厳罰に処せられた大事件であった。
当時の日本人の海外事情など、知識欲につけ込み和蘭薬と交換条件で禁制の地図を入手したと思われるが、西欧人の目からみれば日本は「黄金の国・ジパング」であり、工芸品ばかりでなく持ち出し禁止の豊富な薬草(和漢薬)を採集させて本国へ送り、詳細な報告書まで提出していた。
四季があり植物の種類が豊富な日本では当たり前と思えることが、異国人にしてみれば大変な情報価値があったに違いない。いま現在でも、いつの間にかアメリカ産の「コシヒカリ」「アキタコマチ」が日本のマーケットに侵入しつつある。札幌農学校のクラーク博士が持ち帰った大豆は、いまやアメリカ農産物では世界一のシェアーを占め、日本では大豆の殆どをアメリカに頼っている始末。「灯台もと暗し」自国にあるものの価値を分らず外国との情報戦で負けているのは、当時と昔から変わっていない感じがする。
お正月など、ちょっとお暇のある時に幕末という激動の時代を生きた群像を面白く読める一冊ではないかと思います。
●『七日市藩和蘭薬記』
★著者・たなか踏基
山形県山形市生まれ。新潟大学工学部応用化学科卒業。
日本火薬㈱で化学技術専門職。『雪』で京都大学新聞社懸賞小説入選。
著書に『進化する化学技術』『奇妙な喫茶店』(文芸社)『奇妙な猫たち』(文芸社)
『奇妙な受精卵』(幻冬舎ルネッサンス)等の小説を発表。
★定価、 1,500円(+税) 発行・幻冬舎ルネッサンス
『食べ方上手だった日本人』 【 お勧めの本 】
近年食料自給率が低くなり、加工食品が食卓に多く上るようになってからのほうが、ワンパターンの副食や決まりきった味で、食事が貧しくなったような気がする。戦前の「ご飯」というと、何か貧乏くさいと思われがちだが、本書は昭和10年ころの食生活を当時の雑誌などの資料から検証。質素だか工夫があって美味い、低カロリーで体にも良いという、当時の食生活を浮き彫りにして、現代に活かせる智恵を再発見。
当時の雑誌や料理本を見ると、現代の書籍のように文章が柔らかくなり、分量も数値化され、イラストも多く、今日の料理本スタイルの原点となっているという。今から70年前のレシピながら実際に著者が試作してみると、けっこうモダンな「和洋中」で、戦争末期の「ひもじい」イメージも全くなし。
今の料理との大きな違いは、動物性タンパク質と油脂量の摂取がずっと少なくメタボとも縁遠い。むしろ、冷蔵庫なども庶民には高嶺の花だった時代、食品の保存方法も現代の主婦よりずっと智恵を絞り、工夫していた。現代は当たり前として使っている台所道具や熱源がいろいろ出始めた時期でもあり、非電化のエコな道具まであったから、これからの時代にむしろ役立つかも知れない。
また、「買い物上手の心得」も当時発刊された辞典にあり、賞味期限などに惑わされることもなく、自分流のモノサシで食品を選ぶことが身につく。人口増加で今までのように食料輸入がお金だけでは解決出来ない時代、環境問題、食料不足はますます深刻化して行く見通しである。
今後は「飽食の時代」のように多量に食べ残したり、無駄にしたりということは出来なくなると予想される。昭和の初め、当時のように少ない食べ物を大切に工夫して、内容豊に暮らす智恵が要求されると思います。戦後生まれで、食べ物が豊な時代しか知らない人々にとってはかえって斬新な暮らしに見えるかも知れない。特に若い主婦層に役立てて頂きたい一冊ではある。
●『食べ方上手だった日本人』
★著者・魚柄仁之助
食文化研究家・『うおつか流大人の食育』(合同出版)、『うおつか流台所リストラ術』
(農文協)、『1人前100円なんで美味いの?』(徳間文庫)、 『知恵のある 和の家 和の食 和の暮らし』(主婦と生活社)、『うおつか流 みんなで体験!台所塾』(合同出版)、 『おかわり飯蔵』(ドラマ原 作)等多数。
★定価、 1,800円(+税) 発行・岩波書店
『生活防衛ハンドブック』 【 お勧めの本 】
昨年の中国産毒ギョーザ事件から始まった輸入食品の安全性や、国内メーカー、名店、銘品の引き起こした偽装表示など、連日マスコミの記事にならない日はないとうありさまでした。しかし、それは平成18年度で食料自給率39%(カロリーベース)という食料外国依存症という体質からいえば、当然あり得る事態でした。
マスコミは、中国の食品パッシングに目が向いています。もちろん、中国という国の生産管理技術や商業モラルには大いに問題ありですが、食品の安全性について中国は輸入国ワースト11番目ですから、それ以上問題な輸入国は他に10ケ国もあるということです。最も大量に穀物や果物を輸入しているアメリカ産などは、以前から輸出・搬送のためのポストハべースト(収穫後農薬)の問題があるのですが、何故か大きく取り上げられることはありません。
そして、輸入食品を云々いう前に、国内食品メーカーの企業倫理の問題も正さなければ、消費者はいつも「知らぬがホトケ」でインチキ食品、ゴマカシ食品、〇〇もどきを食べさせられる事になります。また、一面では健康や命に直結した食品について、消費者の不勉強・無知にも責任があると思います。
本書は、昨今ハイリスクだらけの食品(肉・魚・野菜・加工食品・調味料)から、水(水道水・ミネラルウォーター)、生活用品(洗剤・化粧品・トイレタリー用品)、住宅や掃除機、加湿器に至るまで、どのようにして見破るか、どう対応したらよいか、どんな対策があるか、身を守るためのノウハウが述べられています。
著者は長年にわたり、「食品と暮らしの安全」について尽力して来た。殊にポストハーベストではアメリカ産レモンの全容を解明し、スーパーの店頭から無くした功績は有名。ポリカーボネート製の哺乳瓶から環境ホルモンが溶出すると指摘、ガラス製哺乳瓶が復活するキッカケとなる等でも活躍。
異常に柔らかい豚肉、トンカツなど、加工のカラクリを知ったら、買って食べることを躊躇(ちゅうちょ)すると思いますが、もし、あなたがまだ知らない主婦だとしたら必読の一書です。
●『生活防衛ハンドブック』
★著者・小若順一
NPO法人「食品と暮らしの安全基金」代表。1950年岡山県生まれ。
1984年、消費者と会費を出し合って食品と暮らしにひそむ危険を調査・検査する 市民団体「日本子孫基金」を設立。2004年、現名称に変更。
★定価、 1,500円(+税) 発行・講談社
『地球温暖化論に騙されるな!』『ほんとうの環境問題』 【 お勧めの本 】
このところ世界は金融や経済の大動乱に関心が行っているせいか『地球温暖化論』は鳴りをひそめている感じがする。両書の著者に共通するのは、地球科学や生物学、医学、環境学の立場から現在喧伝されている『地球温暖化論』のウサン臭さを批判している点である。
確かに短いスパンでの現象を見ていると『地球温暖化』はどんどん進行しているように見える。しかし、長いスパンの地球科学のモノサシでみると現代は、氷河期の中の間氷期という時期にあたるそうである。まして「二酸化炭素犯人説」にもとづき温暖化元凶の主犯として「炭酸ガス」の排出量の過不足を売買して調節し、炭酸ガスを減らそうなどというビジネスは最もうさん臭い。
提唱者は、クリントン時代の米国副大統領だったアル・ゴアである。彼のベストセラー「不都合な真実」が、喧伝媒体となり彼は昨年のノーベル平和賞まで受賞した。しかし、マスコミによって私邸の電気料が毎月60~70万円も浪費されていることが暴露されひんしゅくを買った。米国金融資本側の出身者である人の提唱する「炭酸ガス排出権売買」などというビジネスモデルは、現在世界を恐慌に陥れているサブプライムローンと同質のものを感じる。
政治やビジネスに利用されている感がある『地球温暖化論』ではあるが、池田・養老、両先生は、環境問題や温暖化について、エネルギーと食料や人口問題など、本当の環境問題はどの視点から考えたらよいのかという事を提唱している。とかくマスコミなどの情報に流されてしまいそうになるとき、温暖化問題でも「陰陽・表裏」いろいろな角度からの見方があることを知っていることは重要である。その意味でも本書は充分に的確な理論と論調で書かれている。いろいろな情報を複眼視する力がつく格好の参考書であると考える。
●『地球温暖化論に騙されるな!』
★著者・丸山茂徳
東京工業大学大学院教授・1949年徳島県生まれ。地質学者で専攻は地球惑星科学。地球マントル対流運動の新理論に日本地質学会論文賞、紫綬褒章。
★定価、 1,400円(+税) 発行・講談社
●『ほんとうの環境問題』
★著者・池田清彦(早稲田大学国際教養学部教授・生物学、環境問題関連の著書多数)
・養老孟司(東京大学医学部名誉教授・専門は解剖学で「からだの見方」「バカの壁」など著書多数)
★定価、 1,000円(+税) 発行・新潮社
『あぶない二ッポンで安全に暮らすためのヒント100』 【 お勧めの本 】
著者は「食」に関する著作が多く、その道の専門家という定評があるが、本書は食の安全や、食の安全保障などの最近の世相を反映するテーマについて、斜に構えた文明批評となっている。そればかりでなく、著者の経歴をみると、学生時代から二輪店を経営し、後に古道具屋、楽器店などを経営し、若いときから世の中の裏表を見てきた人独特の人間観察眼で世相を見通している。
世の中安全・安心に暮らすには、食の問題ばかりでなく、暮らしの問題全般にわたるモノサシを確りもっていないと、後で「失敗した」と後悔をしかねない事が多い。食に関してはBSE(狂牛病)、鳥インフルエンザ、食料自給率の問題、環境破壊のほか、日々の暮らしについては、家庭崩壊、親族殺人、カード破産、振り込めサギ、年金問題など陥穽(おとしあな)に落ち込まないための考え方や智恵が詰め込まれている。
今後ますます食に関してもわけの分らない事件や、今まで予測しなかったような現象が起きてきそうである。世の中もこの十年での変化の更新のスピードは速い。「暮らし方も、経済(お金)のことも、社会保障・年金や医療等」もろもろの事が同じ速さで安全対策も更新し続けなければならない。
ウオツカ流のショートエッセイが100話もいろいろなジャンルにわたって述べられている。転ばぬ先の杖、病気に限らず予防にまさるものはない事を、気軽に寝ころびながら読める本でもあり、年齢は老若男女を問わず面白く読めるものと思う。
★『あぶない二ッポンで安全に暮らすためのヒント100』
★著者・魚柄 仁之助
食文化研究家・『うおつか流大人の食育』(合同出版)、『うおつか流台所リストラ術』
(農文協)、『1人前100円なんで美味いの?』(徳間文庫)、 『知恵のある 和の家 和の食 和の暮らし』(主婦と生活社)、『うおつか流 みんなで体験!台所塾』(合同出版)、 『おかわり飯蔵』(ドラマ原 作)等多数。
★定価、 1,500円(+税) 発行・日貿出版社
